それは突然のことだった。
「今日の人物デッサンは男女ペアでやりましょう」
「「「「ええええーーー」」」」
美人かつ変人で有名な美術の岸本先生が意味のわからないことをいい出した。
突拍子もないことを言うのはいつものことだけど今回はさらにひどい。
今まで誰と組んでもよかったのになぜに男女ペア?
高校生にその要求をするというのは死刑宣告だと分からないのか?
「みなさん同性しか描かないので性別の違いについてもっと学ぶべきです」
「といってもいきなりはきついですよ」
即座に江川がツッコミを入れる。
こういう時に頼もしい存在だ。
「いきなりではありません、人物デッサンは既に何度もやってます」
「そうですけど……」
そう思ってたのにあっさり引きやがった。
後続のためにせめてもう少し時間を稼げよ。
「下手な絵だと喧嘩になりませんか?」
「だからこそ上手に描こうと思うでしょう?」
続けて和泉さんもツッコミを入れたけど撃沈。
美術の先生に絵が下手な人の気持ちは分からない。
「はい、やらない後悔よりやって後悔しましょう」
「公開も後悔もしたくないです」
「貴方がたはこれから希望の未来へ航海するのですから慣れてください」
桐谷のボケにも即座に返してくるあたり、かなりやる気あるな。
結局生徒の立場じゃ先生のやることを止められないし諦めるしかないのか……。
「では異性なら誰でもいいのでペアを作ってください」
一部の男女はアイコンタクトしている。
くそう、既にカップル成立してるじゃねぇか、爆散しろ。
「もし決まらなければ先生がパートナーを決めます」
「……」
その言葉を受けて多くの男子の視線が一人の女子に集中する。
視線を受けた当人は意に介した様子もなく笑顔だ。
「あら、綾瀬さんが大人気ね、まあ美人だし仕方ないか」
違う、違うんだよ、先生。
綾瀬名雪。
小顔で少し細い目でシャープな顔の作りをしていて綺麗系の美人。
足が長く姿勢がとても奇麗なので非常にスタイルがよく見える。
腰まで伸びる黒髪は綺麗に手入れされていて先端付近をリボンで結んでいるのも印象的。
学校で一番の美人と言えば誰もが彼女と言うほどだ。
それでいて容姿を鼻にかけることなく人当たりのよい性格をしている。
だがその見た目に反比例するように人気は低い。
その理由は……。
「もし名雪と組んだら誰との絡みを要求されるんだ?」
「名雪さんは嫌だ、名雪さんは嫌だ、名雪さんは嫌だ」
「絶対妄想で脱がされる」
「絵が完成したら見せられるんだろ、トラウマもんじゃん……」
「何としても避ける」
彼女は同性間の恋愛話が大好きな腐女子だからだ。
特にいわゆるナマモノが大好きらしく常にクラスの男子でカップリングを考えている。
俺も何度か聞かされたけど恥ずかしさで死にそうだった。
あの変態の鳥海ですら逃げ出したらしい。
「能見に変態と言われるのは心外」
「俺のどこが変態なんだよ!?」
「自覚のない所がまさに変態」
一方的に悪口を言われたぞ。
これはやりかえすしか……なんか粘つくような視線を感じる。
振り向くと名雪さんが独特のニチャっとした笑顔でこちらを見ている。
あの笑顔の時はたいていカップリングを想像している。
つまり俺と鳥海の……、あ、駄目だ、寒気が。
「どうした?」
「お前は感じないのか?」
「何が?」
どうやら鳥海はそういうのに鈍いようだ。
それでも避けるって一体どんな絡み方されたんだ?
「とりあえず早くパートナー決めないと名雪さんになるぞ」
クラスメイトの女子の中で彼女だけは名前呼びをしている。
名字で呼ぶと底冷えのするような笑顔で睨まれるからだ。
……笑顔なのに睨まれるっていう表現がおかしいのは分かるけどそれしか適切な言葉がない。
笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である、って言葉があるけどその通りだと思う。
「すぐ動こう」
「それがいい」
出遅れるとそれだけ不利だ。
ただまだ普段から異性と交流のある人間しか動いていない。
今からならまだ取り返しがつくはず。
そう思ってあたりを見回すと同時に気になる会話が耳に入った。
「江川、仕方ないからあんたと組んであげる」
「え、いいのか?」
「このまま強制で誰かと組まされるぐらいならね」
は? 江川のやつ、和泉さんから誘われるとか舐めてんのか。
水着写真の件といいこれは後で査問委員会を招集する必要があるな。
桐谷・鳥海にアイコンタクトを送ると二人も同じ気持ちだったようだ。
一人だけラブコメなんて許されない。
「お、秋穂、ツンデレか?」
「違うわよ!? 春日井こそ女子探さないと強制的に決められるわよ」
「女、女なぁ、別に誰でもいいっちゃいいんだが」
「いい考えがあります、能見君を女装させればいいんですよぉ」
「男女ペアだって言ってるだろうが」
「いえいえいえ、どうせ一人男子が余りますし男子男子女子で構いませんよ」
あっ。
男男女で組むことになるなら間違いなく名雪さんの妄想の餌食だ。
かといって女子とペアになれず一人というのもつらい。
みんな同じ考えに至ったのか、男子が一斉に動き出した。
俺も動かないと。
「ほら、能見君も見てますし」
「見てないよ!?」
そう思っていたら何故か名雪さんに絡まれた。
明らかに俺をネタにしようとしているので無視するわけにもいかない。
「女装というのも趣があっていいんですよねぇ」
「いつすることになったの!?」
「真琴、名雪のペースに流されると本当にすることになるぞ」
「あらあらあら、主導するのは春日井君ですよぉ」
「真琴は透子ちゃんと組むらしいぞ」
「最近仲が良いようですねぇ」
「いつそんな話になったの!?」
「早く行かないとペア組まれるぞ?」
「既に声をかけてる人がいますねぇ」
「すぐ行く!!」
慌てて藤田さんのところに行くと何人かの男子が声をかけていた。
くそ、翔や名雪さんと話していなければもっと早く声かけられたのに。
「お願いします」
「誰かと組まないといけないなら僕と組もうよ」
「無口同士気が合う」
普段はろくに話しかけもしないくせにこういう時だけ話しかけやがって。
単に名雪さんとペアになるのが嫌なだけじゃないか。
きっと強く押せばペアになってくれると思ってるんだろ?
あと鳥海は無口じゃなくてむっつりだろうが。
「名雪さんと楽しそうにしてた能見くんじゃないか」
「パートナーは名雪んで決まりだな」
「キリシタンめ」
先生に聞こえるように大声で話す三人。
こいつら、俺に名雪さんを押し付けようとしてるな。
仲が良いと思わせておけば先生が選ぶことになっても俺が組まされる可能性は高い。
でもそうなる前に藤田さんとペアになればいい。
たださっきからこちらを向いてくれないのはどうしてだろうか?
「ふ、藤田さん、俺とペア組んでくれませんか?」
ようやく俺の方を向いたけど普段より機嫌が悪そうな表情をしている。
誰か怒らせるようなことをしたんだろうか?
「……何?」
「あの、俺、誰とも組めなくて、だから藤田さんに」
藤田さんのにらみつける!
能見の防御力がさがった!
「あ、あの」
強い眼力で俺をじっと見つめている。
今までにらまれたことなんて一度もなかった。
どうしてこんなに怒ってるんだろうか?
もしかして何かやらかした?
「……私は鳥海くんと組む」
「え……?」
「やった!!」
返ってきた言葉は想像とかけ離れた結果だった。
俺は鳥海がはしゃぐ姿を見ながら藤田さんの言葉が頭の中で反響していた。
どうして……どうして……。