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38.指切りげんまん

 断られたショックが尾を引いて誰にも声をかけられなかった。

 もちろんそんな状態で女子から誘ってもらえるわけもなく結局誰ともペアを組めずじまいだ。


「まだパートナーが決まっていないのは……能見君と春日井君と綾瀬さんね」


 ただまさかほぼ全員でペアが成立するとは思ってなかった。

 あの桐谷ですらペアを組めている。

 それほどまでにみんな名雪さんを避けたんだろう。


「あーオレ、一人でいいだろ」

「そう? じゃあ能見君と綾瀬さんがペアね」

「は?」


 え、そんなのありなの!?

 翔のやつ、ナチュラルに自分だけ逃げやがった!?


「わたくしは三人でもいいんですがねぇ」

「それだと男子一人だけデッサンしてもらえないでしょ、春日井君は私とペアね」


 は? しかも先生にデッサンしてもらえるってこと?

 それなら俺だってそっちのほうがいい。

 くそう、判断が遅かった。


「え、いいな」

「は? なに、わたしより先生がいいの?」

「やばっ」


 そう思うのは俺だけではなかったらしく、声に出してパートナーに怒られているやつがいた。 ざまぁ。


「綾瀬さんは人気みたいだったのにパートナー申し込まれなかったのは意外ね」


 先生は不思議そうな顔をしているけど当たり前だ。

 人気があるから見てたんじゃなくて避けたいから見てたんだよ。


「では全員ペア決まりましたしデッサンに移って下さい」

「ふふふ、春日井君がいないのは残念ですがそこは補えますねぇ」

「はぁ……」


 最悪だ。

 一体どんなデッサンをされるのか想像するだけでも恐ろしい。

 本当は藤田さんが良かったのに……。


 ちらっと藤田さんの方を見ると、不機嫌を通り越してうっすら怒りが見える顔をしている。

 鳥海がなにかやらかしたのかもしれない。


「まっすぐこちらを向いてくださいねぇ」

「あ、はい」

「能見君も描かないと間に合いませんよぉ」


 言われてみればたしかにそうだ。

 授業時間で描けなければ宿題にされる気がする。

 放課後も名雪さんと一緒なんて何されるか……。


「ほらほら、春日井君が見てますよぉ」

「言ったそばからよそ見したくなること言わないでくれますか!?」


 絶対ニヤニヤしながら見てるに決まってる。

 後でからかってくるに違いない。


「笑ってるとはちょっと違いますねぇ」

「え、そうなんですか?」

「例えば好きな女性が眼の前で他の男性といちゃいちゃしていたらどうです?」


 何が「例えば」なのかさっぱり分からない。

 名雪さんの思考回路は予測が難しくて前後の文脈を判断しづらいんだよな。

 とりあえず話を合わせておくか。


「それは……ちょっとショックですね」

「つまり能見君がわたくしと仲良くする姿を見て春日井君もヤキモチ焼いているんですよぉ」

「嫌すぎる!?」


 変に話を合わせなきゃよかった。

 中途半端に想像できてしまって気持ち悪い。


「藤田さんも同じですよ」

「え、あ、はい」


 普段の間延びした声から一転してキレの良い力強い声。

 名雪さんがたまに見せる真剣モードだ。

 普段ゆっくりとした喋り方で怒ることもほとんどないから勘違いしやすいけど、名雪さんは弱気な人ではない。

 むしろかなり意志が強く押しも強い。

 何度周りに止められてもカップリングを強固に押してくるのがその証拠だ。 

 実際、ろくに本人を知らない男が押しに弱いと思って強引に口説いて酷い目にあっている。


「理解できてますか?」


 無言で抜き身の刀を突きつけられるような緊張感が漂う。

 でも一体何を責められているのか分からない。

 下手に質問したら斬り殺されそうな気がするし……。


「……ふう、つい本音が出てしまいましたね、失礼しましたぁ」

「あ、はい」

「さあどんどん春日井君を描いてくださいねぇ」

「名雪さんを描く授業ですよ!?」

「なら江川君……は邪魔してはいけませんねぇ」

「は?」


 言われて江川の方を見ると和泉さんと楽しそうに会話しながらデッサンしている。

 死ねばいいのに。


「本音が漏れすぎですねぇ」

「男のサガです」

「駄目ですよぉ、江川君を好きなのは能見君だけじゃないんですからぁ」

「好きじゃないですよ!? ……って俺以外も?」

「桐谷君とか鳥海君とかいろいろですよぉ」

「大人気ですね」

「能見君も大人気ですよぉ、最近は阿久津君とお突き合いしたとか聞きましたぁ」

「してないです」


 普段の名雪さんに戻ったけどさっきのことは聞けない。

 下手に聞いて怒らせたらどうなるか分からないし、とりあえずデッサンしよう。


・・・


「うん、まあこんなものですねぇ」

「お、俺も一応描けました」


 まあかろうじて人に見える程度だけど……。

 一応上半身は描けたけど制服が難しすぎてただの線の集合体みたいになっている。


「ではお互いのデッサンを見せましょうかぁ」


 うあ、見るのが怖い。

 裸になってるぐらいならいいけど誰かと絡まされていたら嫌だ。

 おそるおそるデッサンを見る。


「え……これ、俺?」

「そうですよぉ」


 予想と全然違っていた。

 きちんと制服を着てるし、めっちゃかっこよく描いてもらっている。

 俺の顔の偏差値がここまで高いわけない。


「真琴ー、フルヌード描いてもらっ、うわ、誰だそれ!?」

「俺ですが何か?」

「AIで補正してもここまでいかないだろ」

「たしかに俺もそう思ったけどわざわざ口に出すことないよな!?」

「ほほう、ならせっかくだから見せてもらおうか」


 話につられて阿久津までやってきた。

 ただ補正されてもお前ほどにはならねぇよ。


「美形に描けてるな、さすが綾瀬」

「それほどでも」


 阿久津だけはなぜか名雪さんを苗字で呼ぶんだよな。

 たしかに阿久津が女子を名前呼びしてるのを見たことないけど、あれだけプレッシャーをかけられるのによくやるな。


「ちなみに真琴の絵は……うん、こんなもんだろ」

「なかなか独特な絵だな」

「下手なのは知ってるから!?」


 勝手に覗いて勝手に批評していきやがって。

 絵が下手なことぐらい知ってるわ。

 これでも一応全力で可愛く描いたつもりなんだよ。

 元が美人すぎるからある意味良かったのかもしれない。


「わたくしは味があって好きですよぉ」

「え、ほんと!?」

「お世辞に決まってるだろ」

「いえいえいえ、魂がこめてあるのが感じられますねぇ」

「ほほう、綾瀬がそう言うならそうなんだろうな」

「次は春日井君か阿久津君のデッサンをしてほしいですねぇ」

「そっちだと魂はこめないよ!?」

「そうですね、そちらにこめるのは玉、失礼、直球すぎましたねぇ」


 変態すぎる。

 ここは変態村だったのか。


「女性を変態呼ばわりするのは良くないな」

「真琴変態博士から変態任命されるのは良いことだろ」

「変態博士って何だよ!?」

「イカデビルに変態しそうですねぇ」

「たしかにな」

「イカデビルってなんだ?」

「さぁ?」


 阿久津は分かってるみたいだけど俺はさっぱり分からない。

 タコがデビルフィッシュと呼ばれると聞いたことがあるけどイカもそうなのか?


「はい、そろそろデッサンを提出して席に戻って下さい」

「では、能見君ありがとうございましたぁ」 

「あ、いえ、こちらこそあんなにかっこよく描いてもらって」

「いえいえいえ、今度はちゃんと相手も描きますねぇ」

「それはやめて!?」


 まさかあんなにちゃんと描いてくれるなんて思ってなかった。

 実際他の男子もデッサンを見て羨ましそうにしてたし次からは名雪さんの取り合いになるかもな。


 ……そういえば藤田さんのほうはどうだったんだろう?

 藤田さんの方を向くと目が合う。

 ただ視線に力がこもっていたせいでとっさに目を逸らしてしまった。


 え? え? 何か怒られるようなことやった?

 それとも鳥海がやらかした?


 鳥海の方を見ても普段通りなのでさっぱり分からない。

 もう一度藤田さんの方を見ると既にこちらを見ていなかった。

 どうしよう、でも声をかけていいものか……。


 悩むまま時は過ぎて放課後。

 既に藤田さんは帰った後で、周りも大半が帰り支度をしている。

 これ以上学校で悩んでも仕方ない。

 家に帰って悩むことにしよう。


 カバンを持って玄関に向かうと、なぜか藤田さんが靴箱でたたずんでいた。

 まさか俺のことを待って……、いやそんな事あるわけ無いか。

 声をかけるのが怖くて横をすり抜けようとしたら腕をつかまれた。


「ふ、藤田さん?」

「名雪のこと好き?」


 突然の質問。

 いったいなぜ名雪さんのことを?

 藤田さんは俺の目をじっと見ながら返事を待っている。


「い、いや、恋愛対象として見たことないよ」

「そう」


 もしかして何か勘違いしてる?

 名雪さんと仲良くしてたから付き合ってると思ったとか?

 それならすぐにでも否定しないと。


「あ、あくまで友達だから」

「……私も友達」

「え……?」


 どういう意味だろうか。

 しかしそれを考える時間はなかった。


「透子ー、ちょっときてー」

「呼ばれたから」


 腕を離してあっという間に去っていった。

 一体……なんだったんだ……?


「青春ですねぇ」


 どこからともなく名雪さんが現れた。

 相変わらず神出鬼没な人だ。


「これはこれで良いものですねぇ」

「なにがです?」


 ちょっとイラッとしながら答える。

 そもそも名雪さんと話していたから誤解されたのだ。

 こうやって絡まれるだけでも誤解は進む一方だろう。


「相手には心があるんですよぉ」

「え? あ、それはそうですけど……」

「能見君に事情があるのは分かりますが相手のことも考えてあげましょうねぇ」

「どういうことです?」

「ヒントは出しました、ではこれで」


 最後にキリっとした表情をして去っていった。

 そして入れ替わるように藤田さんが戻ってくる。

 え、このタイミングはまずいんじゃ……?


「やっぱり……」

「違うよ、偶然出会ったんだよ!?」


 やっぱりどう見ても疑われている!?

 なにか、何か言わないとこのままじゃ。


「本当は藤田さんとペア組みたかったんだ」


 言い訳と思われてもいい。

 少しでも藤田さんに伝えないときっと何も解決しない。


「……誰とも組めないから?」

「違う、他でもない藤田さんと組みたかったんだ」

「そう」


 そうだ、俺はなんてことを言ってたんだ。

 誰とも組んでもらえないから藤田さんの所に来たなんて失礼にもほどがある。

 焦っていて口から変な言葉が出ただけで最初から藤田さんがよかったんだ。


「次ペアを組むときは絶対藤田さんがいい」

「……友達として?」

「じょ、女性として、す、好きだから」

「そう」


 全力を振り絞って告白したのに相変わらずの無表情。

 でもそれが怒っていない時の彼女の態度だと知っているから嬉しい。


「なら指切り」

「え?」


 右手の小指を差し出されている。

 俺の人生でこんなことが起こるなんて想像したことがなかったので動けない。


「できない?」

「出来る!!」


 でも彼女の一言で即座に指を合わせる。

 男の指より小さくて柔らかい感触が伝わってきて緊張してしまう。


「指切りげんまん、嘘ついたら……す」

「今何を言ったの!?」


 ハリセンボンではなかった気がするぞ!?

 いや実際にハリセンボン飲ませるのもホラーだけど。


「約束する?」

「します!!」


 とっさに答える。

 そうだ、逆に考えるんだ、嘘つかなきゃいいさ。

 次にデッサンする時は藤田さんとペアを組む、ただそれだけのことだ。


 なお実際に何を指切りげんまんしたか分かるのはもう少し後のことだった。

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