週明けの月曜日。
「楽勝だったな」
「ああ、まあな」
翔に賞賛の言葉を伝えたのに反応が鈍い。
まあかなり一方的な試合だったし仕方ないか。
実際、昨日試合があったにも関わらずまったく疲れている様子はない。
「やっぱり気になるな」
「なにが?」
「見えないパンチだ」
「見えないパンチ?」
「ああ」
翔が語りだしたのは昨日の試合の内容だ。
なんでもちょこちょことパンチが見えなかったらしい。
「単に動体視力が追いつかなかっただけじゃないの?」
そう伝えると奥のロッカーからおもむろにバレーボールを出して俺に渡してきた。
「オレに見えないようにしてマジックでなんか書いてくれ」
「いいけど……」
とりあえずおさかな天国という文字と魚を何匹か書いておくか。
「書けたら地面にボールを置いて回転させてくれ」
「ほいほい」
勢いよくボールが回転している様子をじっと見つめる翔。
「おさかな天国はわかるんだがクトゥルフに出てきそうなモンスターはなんだ?」
「魚だよ!?」
「魚になんで足が生えてるんだ?」
「ヒレだよ!?」
ひどい言われようだ。
必死に説明していると阿久津もやってきた。
「足が生えた魚、つまりタンノくんか」
「煮て良し、焼いて良し、でもタタキは嫌ーって、ネタが古すぎて誰もついてこれねぇよ!?」
「大丈夫だ、能見が分かっている」
「オヤジギャグを笑われて喜ぶおっさんみたいだぞ」
「理解したうえで突っ込まれるっていいよな」
男に喜ばれて嬉しくなる趣味はないんだけど。
「能見x阿久津……、まあありね」
「能見くんx春日井くんもいいよね」
「春日井君x阿久津君はなしですかぁ?」
「ありね」
「ありすぎるよ」
「でも阿久津の相手は顔が悪いほうが良い」
「わかる、わかるよ、秋穂」
「顔の良い男が顔の悪い男に鬼畜攻めされるのが良い」
「そう、それそれ!!」
「あと春日井は意外とヘタレ受けが似合うと思う」
「ご飯が進みますねぇ」
「春日井くんと阿久津くんはもう少しからみが欲しいね、ネタの提供が少なすぎて」
やばい、橘さんが完全に暗黒面に落ちてしまった。
和泉さんも若干言動が怪しい。
朱に交われば赤くなるというけどやはり洗脳されるのか。
「なんかオレの名前と共に恐ろしい談義が聞こえるんだが」
「気にするとハゲるぞ」
「俺そんなに顔悪い? そこまでではないと思ってるんだけど」
「まあまあ落ち着け、顔が劣る人」
「そうだぞ落ち着け、個性的な顔の人」
「今度魔法でひどい目に合わせてやるから覚えとけよ」
二人がかりで悪口言ってきやがって。
モテるからっていい気になるんじゃねぇぞ。
「で、足の生えた魚がどうしたんだ?」
「いやそれは本題じゃないな」
「なら本題は?」
「オレの動体視力でも見えないパンチがあった」
「はぁ!? 春日井が見えないのか!?」
「ああ」
「ええと、そんなに驚くことなの?」
阿久津が珍しく大声を出したので周りが一斉にこちらを見ている。
ただ見えなかっただけなのに大げさじゃないのかな?
「春日井の目の良さは有名で、試合で一発も喰らわないレベルなんだが……」
「全然知らない」
昨日の試合では何発か当たっていたな、あれは珍しいのか。
せっかくだからもっとボコボコにされてれば面白かったのに。
「こういうやつなんだよ」
「興味がないことにはとことん興味がないのな」
「人間そんなものだろ!?」
なんでもかんでも興味持てなんて無茶言わないで欲しい。
「いいか能見、プロならいざしらず高校生で試合中一発も喰らわないのは珍しいんだ」
「ふむ」
「それが出来るのは目の良さに起因するのはわかるな?」
「ふむふむ」
「なら春日井が『見えない』というのはよほどのスピードだ」
「ふむふむふむ」
なんとなく理解は出来る。
ただそこまで興味がある話ではない。
「ふむの三連携?」
「そのツッコミと同じくらい興味なさそうね」
「能見君はふまれる方が好きそうですねぇ」
ふまれるのもふむのも嫌だよ!?
まあそんなこと言うと余計に盛り上がりそうだから黙ってるけど。
「だから春日井はおそらくこう言いたいんじゃないのか、『魔法の可能性があるのでは?』」
「……ほう」
「もしパンチが見えなくなれば回避は難しい、勝ちやすくなるはずだ」
「ほうほう」
「どんな原理で見えなくしてるか興味ないか?」
「翔、詳しく話を聞かせてくれ」
「手のひら返しすぎだろ」
翔の自慢話ならともかく魔法につながるなら話は別だろうが。
普段は見えているのにある時だけ見えないというのは珍しい。
単純な条件ではないはずだしそれをするメリットというのも分からないから是非研究したい。
「親しい仲にはわがままになる……ありね」
「秋穂がそうだもんね」
「違うわよ!?」
「だってねぇ」
「ええ、ええ」
「いや、江川のほうがわがままでしょ!?」
「江川君の話はしてないんだけどなー」
「咄嗟の時は本心が出るっていいますねぇ」
うん、俺から言えることは一つだな。
「今から一緒に」
「これから一緒に」
素晴らしい反応、さすがは翔だ。
こういう時に一言で通じ合うのは幼馴染故だな。
「能見はともかく春日井までそのノリなのか?」
「俺はともかくって何だよ!?」
「楽しいことには乗っかる、それが人生を楽しく生きるコツだろ」
「春日井が殴ったらワンパンで江川がダウンするぞ」
「大丈夫、真琴にやらせるから」
「一緒に殴りに行くんじゃないのかよ!?」
「オレが殴るとは言ってないからな」
「最低すぎる、なあ阿久津、翔はこういうやつなんだよ」
「同じ穴のムジナだな」
「ひどっ!?」
「だが最近来人と秋穂が仲いいのは事実だろ」
「ライト……夜神?」
「デスノート持ってたら筆頭候補で真琴の名前が書かれるだろ」
「俺が何したんだよ!?」
「普段の行い」
「おかしい、こんなに誠意を持って接しているというのに」
「まあ能見に自覚がないのはともかく、消える魔法ということだ」
「実際どんな感じなんだ?」
「見えるときと見えない時がある」
「パターンは?」
「ちょっと待て、思い出す」
「思い出すってどういうことだ?」
「翔は大抵のこと記憶してるから」
翔は非常に記憶力が良い。
それも単純に覚えている訳じゃなく、後から記憶を辿って何かすることが出来るらしい。
今もおそらく対戦時のことを思い出しているんだろう。
「傾向はありそうなんだがいまいち断定できない」
「具体的には?」
「右ストレートが多いがたまに左フックや右ボディが見えなかった」
「他には」
「後はあえて言うならという程度だが速度が安定していないように感じたな」
「ふむ、詳しく」
「同じようなパンチなのに速かったり遅かったりしたな、意図してやってるのかもしれんがいまいち理由が分からん」
「ふむ、そこに何かあるかもしれない」
考えていると阿久津が驚いたような表情で翔を見ている。
「そこまで分かるとはすごいな」
「まあ大して役にたたない能力だろ」
翔は興味なさそうに答えている。
本人的にはどうでもいいことなんだろう。
さて、右でも左でも見えなくなることがあって特定の挙動に限る訳でもない。
傾向はありそうだけど断定できないってことは、相手の意志で発動してる可能性はあるな。
パンチの速度が変わるというのも関連してそうだけど意図してやってるように見えないというのが気になるな。
「面白い」
「何か案は浮かぶか?」
「対策自体は[幻は効かない]でいいんじゃないか?」
「使ってはいたぞ?」
「まじで?」
「まじ」
聞いてる内容的には幻覚だと思ったけど違うのか。
でもそれならなおさら興味あるな。
「分かった、調べてみる」
「頼んだ」
「やる気になると話が早いな……」
「いつも早いよ!?」
「早い……早漏……じゅるっ」
「すみれ、女性としての尊厳は保って」
「ギリギリを攻めるのがコツですねぇ」
へんたいだー。
「真琴のせいでとうとうすみれちゃんが闇落ちしちまっただろ」
「全部能見のせいだな」
「なんで俺だよ!?」
「どう見てもお前で興奮してるだろ」
「間違いないな」
「おかしい、女性が俺で興奮してると言われてるのに何も嬉しくない」
「まあ気にしないことだな」
「それができれば苦労しないよ!?」
ぐだぐだのまま休み時間は過ぎていった。
そして帰宅後。
さて頑張って調べてみるか。
今まで透視する方の魔法は調べてきたけど透視させる方の魔法は調べたことがない。
以前使った手品用の魔法がせいぜいだ。
「翔が言っているような魔法はないなぁ」
いろいろ魔法を試してみたけど、どれも翔の言っているような効果にならない。
しかもどうしても幻覚系の魔法になるので[幻は効かない]で見破られてしまう。
「これは難しいぞ」
何か気づいていない要素があるんだと思う。
でもそれは何なのだろうか?
しばらく考えてみたけどすぐには答えが出てこない。
「こういう時に陽菜はいないしなぁ」
陽菜の一言がひらめきのきっかけになることも多いんだけどあいにくまだ帰ってきていない。
多分おこずかい入ったから遊び惚けているんだろう。
きっと月末に困って「お兄ちゃん~」って言ってくるに違いない。
……ちょっと多めにおこずかい残しておくか。
「さてお金を節約してひらめきのきっかけ探しに行くとすればどこがいいか」
ワンパックに行ってもいいんだけど対戦しながらだと考えるのは無理だしなぁ。
そういえば欲しい本があったしついでに本屋に行くか。