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43.見えないパンチ(後編)

 久々にショッピングモールに来た。

 魔法が使えるようになったというのに特段変わった様子はない。

 一般に浸透するにはきっともう少し時間が必要なんだろうな。

 せめてARに対応させるとか個人ごとにお勧めの本を紹介するとか……って普通に魔法じゃなくても出来るか。

 最近のAIとか見てると魔法じゃなくても大抵のこと出来るもんな。

 やはりここは魔法にしか出来ないド派手なことをやってほしい。


 欲しかった本を買った後はスーパーコーナーの食料品エリアに来た。

 せっかく外出したことだし陽菜に何かおみやげでも買っていってあげよう。

 焼き鳥がいいかきゅうりの一本漬けがいいか……。


 っと美味しそうな匂いがすると思ったらウインナーの実演販売をしてるじゃないか。

 こういうのはショッピングモールとかの大きい所じゃないとやらないからなぁ。

 陽菜がいたら大喜びで見てそうだ。


「はーい、ここで魔法を一つまみ【加減はいかが?】」


 おお、なんか魔法を一つまみとか言ってたぞ。

 片手で世界書を持っているし間違いない。


「そしてフランベすると」

「おおー」


 フランベした炎がフライパンの中で渦巻く様に消えていった。

 普通はフランベした炎がフライパンから大きく燃え上がるから、きっとこれが魔法の効果だ。


「おいしいですよ、おひとつどうですか?」


 すごい、試食で列をなしている所なんて初めて見た。

 せっかくなので俺も並んでおく。


「はいどうぞー」


 食べてみると外がカリっと焼けていて美味しい。

 ただフランベって香りづけだった気がするけど香りはあんまりしないな。


「炎の綺麗さを重視してますから」

「独り言を聞かれた!?」

「話しかけてきたのでは?」


 もう完全に普通の会話っぽいらしい……。


「よければお家でも出来ますよ」

「是非教えてください」


 陽菜はこういうネタが大好きだから喜ぶだろう。

 ついでに父さんにも教えれば、母さんに喜び勇んで見せるに違いない。


「二袋ですねー」

「せこくないですか!?」

「商売ですからー」


 地味に商売上手なお姉さんだった。


「ありがとーございましたー」


 さてさっそく帰って……ん?

 今人ごみの中に一瞬藤田さんがいたような……?

 それも私服だったと思う。

 ああ、悔しい、一瞬しか見れなかったけど綺麗だったな。


「今すごい美少女いなかったか?」


 まるで当たり前のことのように桐谷が話しかけてきた。

 でも仲良くなった記憶がないんだけど……。


「どなたですか?」

「おいいい、桐谷だろうが!?」

「変態の?」

「紳士の」

「ああ、変態紳士の」

「違うわ!?」


 お、意外と面白いぞ。

 そうか、こちらがいじられる前にいじってしまえばいいのか。

 次回からはこの手でいこう。


「ったく、せっかく美少女見つけたってのに茶番させられるとは」

「美少女って藤田さんのこと?」

「違うに決まってんだろ、もっと美少女だよ」

「あ、喧嘩売ってんのか? 藤田さんは絶世の美少女に決まってるだろ?」

「お前の趣味なんて知らんが、それより見てないのか?」

「いや見た覚えはない」

「なんで見てないんだ」


 少し怒った様子で俺を責める桐谷。

 そんなこと言われても私服の藤田さんを見かけたんだからそれどころじゃない。


「芸能人だったと思う」

「さすがにそれはないんじゃ?」

「いーや、あれは芸能人だね、間違いない」 


 桐谷が熱弁をふるっている。

 少なくてもそんなことを言いたくなるぐらいに美人だったのかな?

 それはたしかに一度見てみたい。


「ということで追いかける、じゃあな」

「え、あ、またな」


 会話を打ち切って全力で走り去っていった。

 追いかけるなら見かけた時点で追いかけないと間に合わないでは……?

 まあ俺も探すぐらいはしてみるか。

 そう思っていた時のことだった。


「能見くん」

「え?」


 ショッピングモール内の騒々しさに紛れて優しい声が耳に飛び込んできた。

 振り向くとそこには先ほど見かけた私服の藤田さんが立っていた。

 白いブラウスと黒いデニムパンツの対比がまぶしい。

 抱きしめたくなるようなかわいさだ。


「買い物?」

「い、いや、うろうろしてただけ」

「そう」


 藤田さんは手に紙袋を持っている。

 書店のロゴがあるのできっと本を買ったんだろう。


「ふ、藤田さんは本を買ったの?」

「そう」

「何の本?」


 返事はなく眉をひそめている。

 しまった、こんな個人的なこと聞いちゃいけないのに会話の流れでつい聞いてしまった。


「む、無理に答えなくても」

「……漫画だから恥ずかしい」


 ふぉぉぉ、照れてるのかわいいーーーーー。

 この笑顔を俺が独占できてるのがすごく嬉しい。


「……駄目?」

「俺も漫画好きだよ!!」

「……何が好き?」

「シャンフロとか好き!!」

「……ワタシも好き」


 あ、駄目だ、かわいすぎて抱きしめたくなる。

 サンラクはよく我慢していると思う。


「藤田さんは何が好き?」

「……黒子のバスケ」

「あれ、いいよね!!」

「知ってる?」

「全部読んだよ、主人公がサポートキャラなの好き!!」


 そう伝えると優しく微笑んでくれた。

 好きなものだとけっこう分かりやすく表情に出るんだな。

 それにしても運よく読んでる作品でよかった。

 少女漫画とかだったら手も足も出ない。

 にしても、こうして私服で一緒にいるとデートしている気分になるので嬉しい。


「まだ用事があるから行く」

「あ、そうなんだ……」


 でも現実はデートではない。

 ただ偶然クラスメイトと出会ったから話しかけてくれただけ。

 いつか一緒に本屋巡りとかしたら楽しいだろうなぁ。


「またね」

「また!!」


 お別れの挨拶と共に小さく手を振ってくれた。

 なんか徐々に進展してる気がするぞ!!


 それにしても黒バスか。

 女子人気がある作品だけど藤田さんのイメージとはちょっと違っていて意外だった。

 スポーツものが好きなんだとしたら弱虫ペダルやアオアシとかを読んでおいた方がいいかもしれない。

 あ、でも実は黒子みたいな男子が好きって可能性もあるか?

 普段は地味なのに要所要所で活躍するのってかなり印象に残るもんな。

 作中で出てくるミスディレクションの逆で……ん?

 そういえばさっき藤田さんに気を取られて桐谷の言う美少女には気づかなかった。

 これはつまり……。


 急いでショッピングモールを飛び出してワンパックに向かう。

 店長ならこういうノリに付き合ってくれる可能性は高いはず。


・・・


 次の日の昼休み。


「ミスディレクションと魔法の合わせ技だ」

「ミスディレクション……〘誤った指図〙で対象を変更させる?」

「それはM:tG」


 翔に説明しようとしたのに聞き覚えのある言葉のせいで勘違いされてしまった。

 魔法の対象変更って面白そうなので後で研究してみるとして今はミスディレクションの話だ。


「人は意識を集中させると他がおろそかになるんだ」

「試合中は対戦に集中しているぞ」

「むしろそのせいだよ」

「どのせいだ?」


 さっぱりわからんという顔で聞き返してくる翔。

 幼馴染だと言うのにこのかみ合わなさよ。

 あ、と言えばうんと返す陽菜を見習ってほしい。


「陽菜ちゃんは常に真琴を理解する努力をしてるからだろ」

「翔もそうすればいいのに」

「なんでそんな面倒なことしないといけないんだ?」


 分かり合えない奴だ、まあいい。


「パンチを避ける時って予備動作である程度予測してないか?」

「そういう時もあるな」

「もし予備動作がなかったらパンチ回避出来る?」

「まあ反応は遅れるが回避できるぞ」

「うんうん、そうだよな、そして今回はパンチも見えなかったと」

「だから何なんだよ」


 勝ち誇った顔でそう言うと翔が呆れている。

 さあここからがお楽しみだ。


「例えば今ここに〘Tropical Island〙がある」

「ほう」


 俺が取り出したカードを見て翔の目の色が変わった。

 これは翔が非常に欲しがっているM:tGのカードだ。


「どこで入手した?」

「ちょっとしたつてで借りてるんだ」


 購入したと聞かないのはその値段のせいだろう。

 なんと一枚で値段十万以上するので学生でまず買えないお値段だ。


「このカード、ちょっと問題があるんだけど何か分かる?」

「見せてみろ」

「ストップ」


 近づいてこようとした翔を止める。

 ある程度距離がないと意味がないからな。


「その位置から問題点を見つけてくれ」

「なんでだ?」

「離れた位置から問題点に気づくやつには特別価格で売ってもいいって言われたんだ、ちなみに俺は無理だった」

「ほう……」


 明らかにやる気度合いが変わった。

 前のめりになってカードをじっと見ている。


「複数回の回答はありか?」

「なし」


 それだと手当たり次第にいえばいいので注意力が散漫になる。

 今回はしっかり集中してもらわないと意味がない。


「ん? なんか角が丸くないか」

「さてね」


 白枠だから分かりづらいはずなんだけど気づくの早いな。

 答えが見つかったにも関わらずじっくりと他も確認している。

 きっと複数問題点があることを疑っているんだろう。

 たしかに複数問題点はあるけど気づけるかな?


 しばらくして満足したようで口を開いた。


「角が丸くてマークドになっているというのが答えだ」

「正解」

「よしっ」


 満足そうな顔でガッツポーズしている。

 だが悪いな翔、問題点はそこだけじゃないんだ。


「で、価格はいくらだ? 一万までならすぐ出せるぞ」

「なんと今なら十円でご提供」

「……なんだと?」


 相場からかけ離れた露骨に安い価格を聞いて一気に不審そうな目になる。


「なぜ角が丸いのか、そこを考えなかったのか?」

「なぜ…………まさか偽造カードか!?」

Exactlyそのとおりでございます


 M:tGは非常に高額なカードが多く一枚で数十万するものがざらにある。

 しかも高価なカードはTCG黎明期に作られたものが多いので偽造対策などされていない。

 さらに紙幣の偽造は通貨偽造罪でかなり重い刑に対してカードの偽造はせいぜい詐欺罪。

 紙幣を刷るのと比べても非常に割がいいので偽造集団が目をつけるのは当然と言えた。


「多分アルファ版の仕様で偽造したんだろうね」

「そういうことかよ!?」


 一番最初に作られたいわゆるアルファ版は角が丸い。

 それ以降に作られたカードとは見た目が違っているので買取業者にはすぐにばれる。


「大会で使えないなら意味ねぇ!!」

「プロキシーよりましだと思って」

「くそ、そんな高価なカード借りたという時点で気づくべきだった」


 ほっほう、俺と店長の絆を甘く見てるな。

 目にもの見せてやろう。


「さて、俺が左手で持っていたカードは何だった?」

「は?」

「何度かカードを持ち替えていたんだけど気づかなかったか?」

「どうでもいいカードなのに気付くわけないだろ」

「そうかそうか、どうでもいいカードか」


 そう言ってスリープとハードカバーで厳重に保護されたカードを見せる。


「ブ、ブ、〘Black Lotus〙!?」

「Yes,Yes,Yes!!」


 めったに見かけることのない真剣に驚いた表情の翔。

 M:tGの中で最高峰の価格と非常に有益な効果と綺麗な絵を持つカード。

 プレイヤーなら一度は憧れるカードと言っていい。


「う、嘘だろ!?」

「ところがどっこい、夢じゃありません、現実です」


 店長に計画を話したら「なら一番インパクトがあるものでやろう」と言われて渡されたんだ。

 さすが店長、略してさす店。


「借りていいもんじゃないだろうが!?」


 真顔で怒鳴っているがまあ気持ちはわかる。

 時価総額で百万以上する品なので俺もさすがに気が引けたけど「いいからいいから」と言って押し付けられた。


「まあわかったか? これがミスディレクションだ」


 翔の顔が敗北感で染まっている。

 どやぁ、決まった、パーフェクトだ。

 ここまでの完勝はそうそうないだろう。 


「ドヤ顔ちょっと可愛いかも」

「借りた力で勝ち誇る姿いいですねぇ」

「調子乗ってるところを『分からせ』たいね」


 切れ味鋭い名雪さんの言葉が胸に突き刺さる。

 あとついでに橘さんは目覚めすぎだと思う。


「……ミスディレクションは理解した、しかしそれがどうつながる?」

「予備動作で意識をそちらに向けさせて反対側で殴ったんだ」


 真剣に戦っていればいるほど相手の行動には注意を払う。

 予備動作が見えれば意識が向いてしまうのは仕方ない。

 その隙に反対側の手で予備動作なしで殴ることが出来れば見えないパンチとなる。

 ただそういう仕込みをする分、パンチの速度がおそくなったんだろう。


「つまり予備動作を消すのが魔法ってことか」

「そうだと思う」


 おそらく全部予備動作なしだとそういうものだと理解して反射で避けられる。

 でも同じ動きで予備動作があるパターンとないパターンがあれば反応しづらくなるはず。


「そんな小細工するなんてせこい野郎だろ」

「そんなせこい小細工が分からなかった人が何を言ってるんですかー?」

「ほほう、いい度胸だな、真琴、なら分かりやすい細工を見せてやろう」

「え、あ、駄目、人間の体はそんな風に曲がらないよ!?」

「なに、細工は流流仕上げを御覧じろってな」

「力技は細工じゃねぇ!?」


「いい!!」

「すみれステイ」

「はかどりますねぇ」


 結局、完全にキメられた状態で晒し者にされてしまった上に橘さんと名雪さんが舐めるように見てきて恥ずかしかった。


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