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44.能見が見えていない世界

 魔法が健全に見えるのは、目立っている魔法が健全だからにすぎない。

 実際、魔法の悪用はそこら中で行われている。

 一般人が気づかないのは目立たないように使われているだけだ。

 もう少し目を凝らしてみれば無残と言える光景が広がっていることに気づくだろう。



 ある国の観光地。


「ちょっとよろしいですか?」

「あ、はい」

「ちょっと二人で話しませんか?」

「喜んで」


 観光客の男が現地の女に声をかけられている。

 男にとって女は美人だったようで二つ返事でついていく。

 物陰に入ると女がキスをしてきた。

 男は少し驚いていたがすぐ喜色ばんで受け入れる。

 唇を合わせたまま徐々に物陰の奥に入っていく。

 奥にはドラム缶がありその中で炎が煌々と燃え盛っていた。

 そしてその近くの机に乗っている本を女が触りつつ男の口内に舌を挿入する。


「【aosis】」

「えっ」


 女が何かを喋ると男が突然昏倒した。

 これが狙った結果であることは女に動揺がないことから明らかである。

 倒れた男から手際よく服を漁り金品を物色していく。


「ちっ、しけてる、もう少し金持ってそうなやつにすればよかった」


 どうやら金品目的だったようだ。

 ただそう言いながらも非常に高価で売れる服やパスポートには一切手をつけていない。

 これは捜査される可能性を下げるためのやり方であり、この女が手慣れていることを意味する。


「魔法様様だね、簡単に男の意識奪えるし」


 彼女が使っている魔法は、自分の舌の先の空間に高濃度の一酸化炭素を生成するものだ。

 舌の先にしか出せないので普通に使えば空気中に拡散するだけ。

 しかも一酸化炭素は不安定な物質なのですぐに酸素と結合して二酸化炭素になってしまう。

 魔法として考えればデメリットしかないものだが、そのおかげで一般人にも使える消費MPとなった。

 しかしこんな魔法でも使い道はある。


「キスしないといけないのが嫌だけど便利な魔法」


 この魔法を相手の口の中に舌を入れている状態で使えばどうなるか。

 舌の先に一酸化炭素が発生するので、相手の口内が一酸化炭素で満たされる。

 人間は高濃度の一酸化炭素を数回吸うと意識を失う。

 つまりいともたやすく成人男性を昏倒させられるということだ。


「ほんと[対抗呪文]ってやつがなければこんなことしなくてもいいのに」


 男はもちろん[対抗呪文]を使用していた。

 だが[対抗呪文]の対象にならないものがある。

 本人が受け入れているものだ。

 今回は相手の舌を受け入れているので異物として認識されない。

 必然そこから発生する魔法も受け入れてしまう。

 魔法の特性をよく理解したものが作った魔法であることが伺える。


「もっと稼げそうな魔法をミヤさんに教えてもらお」


 ドラム缶のそばに座り込む形で男の体をセットし、そうつぶやく。

 一酸化炭素中毒になりそうな理由を作っておけば、原因を理解できない警察が勝手に事故にしてくれるということだろう。

 医者に診断させれば一酸化炭素中毒であることはすぐに分かるし、ただの一般人が一酸化炭素を持ち歩けるわけがない。

 つまり何らかの事故であると判断せざるを得ない。

 魔法という概念は警察にも法律にもないのだから。




 また別の場所。

 とある航空会社の会議室。


『昨日に引き続きバードストライクによる旅客機の事故です、最近急増しているのは地軸の影響とも……』


「大変ですね」


 プロジェクターの大画面で再生されたニュース映像を見ながらそうコメントするラフな格好の男。

 会議室では大勢の男たちがラフな格好の男を取り囲むように座っている。

 大勢の男達から怒りを交えた視線が飛んできているにも関わらず涼しい顔をしているのが印象的だ。

 日系人のようだが流ちょうな英語を話している。


「やはりバードストライク対策要員は必須ですよ」


 その言葉を聞いて一部の人間が不愉快そうな表情になる。

 その中でもっとも若い人間が我慢できず口を開いた。


「お前たちがやっているんだろうが!!」

「はて、どうやればそのようなことが出来るのか教えてほしいですね」

「魔法とやらで鳥を操っているんだろ、そんなことは分かってるんだ!!」


 若いと言っても50代の男が声を荒げているがラフな格好の男は静かなものだ。

 差し出されているお茶を悠長に飲みながらゆっくりと答える。


「もしあなたの言うことが本当ならなおさら対策要員は必要では?」

「ふざけるな!! お前たちがやめればいいだけだ」


 余裕を持ったラフな格好の男の態度を見てさらに声を荒げる男。

 よほど怒っているのか顔が真っ赤だ。


「酒井君、少し落ち着きたまえ」

「しかし社長……」


 酒井と呼ばれた50代の男は一気に声のトーンを落とした。

 社長と呼ばれた60代ぐらいで落ち着いた雰囲気の男は静かにラフな格好の男に向き直る。


「君の言う人材を雇えばバードストライクは減ると?」

「ええ、0とまではいいませんが格段に落ちるでしょうね」

「それをどうやって証明する?」

「あなたがたのライバル会社をご存じないとは少し情報に疎いのでは?」

「何だと!!」


 社長が声を荒げた酒井を手で制す。

 その表情に戸惑いはなくむしろ納得した感がある。


「あれはあなたがたが?」

「優秀でしょう?」


 ニヤリと笑って答えるラフな男。

 それを見て悟ったような顔をする社長。


「わかりました、雇いましょう」

「社長!?」

「ありがとうございます、では雇用費用について」


・・・


「これで契約成立ですね、今後もシャングリラコーポをよろしくお願いします」


 怒りが伝わってくる視線を受け流してラフな格好の男が立ち上がる。

 もう用は済んだという態度だ。


「ではまた」


 10億を超える金額で雇用が成立したにも関わらず特段動揺は見られない。

 そのままゆっくりとした足取りで会議室を出ていく。

 ラフな格好の男が会議室を去った後、他の人間は去るどころか席を立とうともしない。

 彼らの表情は一様に曇っていた。


「どうしてあんな不当な契約を……」

「無理に受けなくてもよかったんじゃ……」

「圧力をかければよかったんだ」

「人為的に出来る訳がない、ただの便乗商法だ」


 一人喋り出すと途端に次々と喋り出す。

 一気に口が軽くなった男たちを見て呆れた様子の社長。


「現実を見ろ、他社はバードストライクの発生件数が一気に上昇して一気に戻った」

「しかしそれは偶然という可能性も……」


 社長の言葉に反論する酒井。

 周りの男達もその言葉に同意し口々に『偶然』や『便乗』と言い始めた。


「遺族の前で自信を持って言えるかね、偶然だったと」

「それは……」


 社長の一言で黙り込む男達。

 ここ一か月毎日のようにバードストライクが起きている現状は偶然で済ませるには確率が高すぎた。

 離陸直後のケースが多いからたまたま大事故に至っていないだけにすぎない。


「これが魔法というものなのか……」


 社長がつぶやいた声は誰にも聞こえていなかった。




 また違う場所。


「ぎゃあああああ」

「ふむ、これぐらいなら許容範囲か」


 叫び声を聞いても白衣の男は顔色一つ変えず手を走らせている。

 片手には世界書が握られており何らかの魔法を使っていることが分かる。


「もう少し強くてもいけるか?」

「や、やめてくれ」

「ああ、ああ、もう少し研究したらやめるとも」


 男が懇願する声を聞いても眉一つ動かさず何かを書いている。

 白衣の男がやっているのは研究、それも[対抗呪文]に対してだ。


 [対抗呪文]は望まない魔法を打ち消すが、幻覚は打ち消さない。

 つまり幻覚は[対抗呪文]の効果に含まれていないということが分かる。

 ここで気になるのは幻覚と言うのは光を作り出している訳ではないという点だ。

 あくまで元々ある光を加工しているにすぎない。


 

 検証した結果はYes、つまり幻覚の一種であり[対抗呪文]の対象ではなかった。

 普通の人であればここで終わりだろうが、白衣の男はそこから発展して一つ疑問をもった。


 

 単一波長であるレーザーは明確に攻撃として認識されて[対抗呪文]の対象となる。

 しかし多数の波長が混ざった自然光は攻撃として認識されないのでは? という疑問だ。

 気になると試してみたくなるのが研究者のサガ。

 そして今はその実験中のようだ。


「ふむ、意図的に指向性を持たせたら駄目だが反射の結果で指向性が出来るのはOKか、興味深いな」


 独り言をつぶやきながらメモしていく。

 被験者の男は体を固定され目を開けたままにされている。


「け、結論出たんだろ、なら」

「ああ、ああ、最後にこれだけ試したら終わりだよ」


 優し気に微笑む白衣の男を見て恐怖に振るえる被験者。

 何をされるか想像がついたのだろう。


「【Light converge with aaa】」

「ぎゃあああああ」

「うんうん、いいね、[対抗呪文]の発動は見られない」


 白衣の男が魔法を唱えると被験者の目に強い光が当たった。

 被験者は悲痛な叫び声と共に必死に逃げ出そうともがいているが動けない。

 しばらくすると少し焦げたような匂いが漂ってきた。

 被験者の声はもう聞こえない、既に失神しているようだ。


「教授、研究成果は出たかい?」

「やあミヤさん、ばっちりだよ」


 ラフな格好の男が部屋に入ってきた。

 何かが焼けた匂いが充満しているのになんら動揺していない。


「これなら[対抗呪文]は貫通するね」

「素晴らしい」


 白衣の男の出してきた結果を眺めて感嘆の声をあげるミヤと呼ばれた男。

 どうやら期待通りの成果だったらしい


「出来れば即座に致命傷までいくといいんだが」

「そこは要研究だね」


 要望を伝えるとすぐに白衣の男は行動し始めた。

 ミヤがまだいるにも関わらず完全に無視しているが、ミヤは気にする様子はない。

 しばらく行動を眺めた後に部屋から出て一言つぶやいた。


「もう少し完成度が高くなったら本格的に行動に移るか」


 彼らが表舞台に出てくる日は遠い日ではない。


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