「さすがに人が多いな」
今日は朝からワンパックに来ている。
新しいエキスパンションが出たので買いに来たという次第だ。
こういうのはネットで買うより現地で買ったほうが楽しいんだよな。
「あ、真琴さん」
「にーちゃん遅いぞ」
「二人こそ早いな」
「待ちきれなくて開店待ちしてました」
「どうよ、これが新パックだ!!」
大人しそうな小さい方の男の子が工藤尊。
喜びながら新パックを見せている大きい方の男の子が森下幹人。
この前に尊と対戦してからなぜか懐かれて会話するようになった。
「並んでる人はいないけどもしかして売り切れ?」
「まだ残ってると思いますよ」
「ポケカじゃあるまいし、なくなる訳ないだろ」
ちょっと生意気げな口調だけど幹人はいつもこんな感じだ。
むしろ尊が年不相応に礼儀正しすぎる。
「なら帰る前にでも買うか」
「いいのが出ると良いですね」
「にーちゃんがカスレア引く所を見たい」
「外道か!?」
最初は詐欺られるのを警戒していた幹人だったけど、何度か対戦するうちに今のような感じになった。
カードゲーマーはカードで分かりあうから仕方ない。
「お、新しいスリーブってことは新デッキか?」
尊が今まで見たことのないキャラスリーブに入ったデッキを触っている。
カードゲーマーが新しいスリーブを使う時は新デッキと相場が決まっているのでおそらく頑張って組んだんだろう。
「お姉ちゃんに新しいデッキ作ってもらったんです」
「相変わらずすごいなお姉ちゃん」
「えへへ」
「尊のねーちゃんは完璧超人だからな!!」
尊の代わりに自慢げに話す幹人。
実際に姉である尊より他人である幹人が誇っているのが不思議だ。
「なぜそれを幹人が誇るのか、これが分からない」
「幹人はお姉ちゃんが好きなんです」
「あの人は俺のお嫁さんになる人だ!!」
ドンッ!という効果音が聞こえてきそうなセリフだ。
うん、子どもらしくていいね。
小さいころに自分に構ってくれる美人のお姉さんって誰でも好きになるよな。
ただどうもお姉ちゃんと言うのは俺と同年代らしいし弟ぐらいしか思ってないんじゃないかな?
「美人で性格良くて頭良くて運動神経抜群でおっぱい大きくていい匂いするんだ」
「本当に完璧超人だな」
そんな人が本当に存在するんだな。
というかその年でおっぱいに目覚めているのか。
キリシタンは捕まると処刑されるから気をつけろよ。
「実際はけっこう他人を振り回すタイプなんですよ」
「美人に振り回されるならありじゃないか」
「だよな!! にーちゃん、わかってるー」
尊が苦笑しているところを見ると本当に大変なのかもしれない。
……たしかに名雪さんの例を考えると厳しいかも。
「そういえばようやくレベルが上がってあの魔法が使えるようになったんだぜ!!」
「え、すごい、頑張ったね」
「おお、おめでとう、何の魔法を使えるようになったんだ?」
「聞いて驚け、[まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ!!]だ」
幹人はドヤァという顔をしているけど、ちょっとまずいな。
その魔法は知っている。
任意のタイミングで事前にマーキングしたカードを引くことが出来る魔法だ。
他の類似魔法は消費MPが高すぎて使い物にならなかったけど、この魔法はかなり消費MPが抑えられている。
消費MPが抑えられている理由は、効果を得たい時に「まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ!!」と言う必要があるのとたった一枚しかマーキングできないという制約によるものだ。
使う前に引いてしまったら無駄になるけど、それでもコンボデッキなら十分仕込む価値はある。
「幹人、それは駄目だ」
「は?」
「対戦ゲームでイカサマは禁止だ」
「はぁ!? だってみんなやってるだろ!?」
たしかに使っている人間はいる。
実際に『まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ!!』と言われたこともあるから間違いない。
でもだからといって自分で使っていいとはならないんだよな。
「自分が使えないからってケチ付けてるんだろ」
「違うぞ」
「嘘つけ、これ使うためにどれだけ努力したか」
「み、幹人、それに真琴さんも落ち着いて……」
たしかに類似魔法より低いとはいえ、消費MPはかなり高い魔法だ。
レベル15になっていないと使えないので本当に努力したんだろう。
だけどイカサマするための努力を認める訳にはいかない。
「イカサマは自分の実力にならない」
「自分が努力してないから負けるのが怖いんだろ」
あ、駄目だ、この思想は良くない。
イカサマ込みの実力を自分の実力と思い始めたら成長出来ないぞ。
これは少し実戦で覚えてもらった方がいいな。
「なら対戦しようか、ちょっとデッキ作るので幹人も準備していいぞ、もちろん魔法使って構わない」
「はっ、後で魔法を使われたからなんて言い訳聞かねぇぞ」
「ああ、ただし先手はもらうぞ」
「み、幹人」
尊がオロオロしているので少し可哀想だけど少し耐えてもらおう。
さて足りないカードは7枚だし大した値段でもないから買うか。
こういう時にシングルカード売ってるのはありがたい。
「真琴さんごめんなさい、幹人も悪気はなくて」
「ん? ああ、大丈夫、怒ってないから」
尊が申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
どうやら幹人が俺を怒らせたと思って庇いにきたらしい。
友達のために謝れるなんていい子だな。
「ただあの考え方だとどうなるかって言うのは理解してほしいと思ってね」
「真琴さんも何かするんですか?」
「さて、それは見てのお楽しみ」
開幕前のネタばらしは面白くない。
ばらすなら盛大にやりたいものだ。
「準備OKだ」
「俺はとっくに準備終わってるし」
世界書を出したままなのできっと[まだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ!!]を使ったのだろう。
小声で聞こえないようにやったっぽいのが後ろめたさの現れだな。
「では予告通り先攻をもらうよ」
「お手並み拝見」
「召喚士は〘ゼピュロス〙だ」
「なんだ結局いつも通りじゃん」
幹人は余裕で構えている。
普段の俺のデッキ相手なら勝率8割はあるので魔法でほぼ万全と思っているのだろう。
「〘繁殖する藻〙を本陣前にセット」
「……なにそれ?」
何も効果の書かれていない道を置かれたのだからそのリアクションも分かる。
ただこれはあくまで下準備だ。
「本陣に〘緑化トカゲ〙を召喚する」
「知らないモンスターだ……」
「儀式呪文〘空間転移〙で〘繁殖する藻〙に〘緑化トカゲ〙を移動」
〘繁殖する藻〙は単独では何の効果もないが〘緑化トカゲ〙と組み合わせると特殊な効果を発揮する。
具体的には〘緑化トカゲ〙をコントロールしていると〘繁殖する藻〙を一ターンにいくつも置けるようになる。
また〘緑化トカゲ〙が〘繁殖する藻〙の上に存在すると、そこに爬虫類系モンスターを一ターンに何体でも通常召喚できるようになる。
まあ道の容量があるからせいぜい一体だけど。
「〘繁殖する藻〙の前に〘繁殖する藻〙をセット」
「手札何枚使う気だよ」
「全部だよ」
「は?」
驚いた顔をしている幹人。
さあお楽しみはここからだ。
「さらに〘繁殖する藻〙の前に〘繁殖する藻〙をセット、これで本陣同士がつながった」
「嘘だろ、まだ一ターン目だぞ……」
「〘緑化トカゲ〙の効果で〘荒れ狂う蛇〙を通常召喚」
〘荒れ狂う蛇〙はレベル1でHP1攻撃力1の貧弱モンスター。
ただし召喚後に即移動できるのが最大の強みだ。
「儀式呪文〘オーバードスピード〙を〘荒れ狂う蛇〙に使用、これで3マス進めるようになる」
「は?」
〘オーバードスピード〙は自分が三つ以上道をセットしている時にだけ使える呪文だ。
3マス進めるのは奇襲に使えるので、このカードだけはそれなりにメジャーで高価なカードになる。
「〘荒れ狂う蛇〙を敵本陣に移動、モンスターがいないので制圧完了、はい、俺の勝ち」
これぞ有名な先手1ターンキル。
戦闘時以外で打ち消し呪文という概念がないカオスフィールドでは絶対に防ぐことが出来ない。
まあこのデッキを使う人は普通いないけど。
「こんなの魔法を使ったに決まってる!!」
幹人が怒り出した。
七枚必要なコンボを初手で揃えていたら怒りたくもなるだろう。
「魔法なんて使ってないぞ?」
「は? だってこんなのおかしいだろ!!」
こんなの魔法しかないと言っているけど
「じゃあ運ってことかよ!?」
「いやさすがに運で揃わないかな」
「は?」
何いってんだこいつという表情で見られたので、そろそろ種明かしといくか。
と言ってもそんな偉そうに言える種はないんだけど。
「必要カードを順番に並べてデッキトップに置いてただけだよ」
「は? は?」
「あとは普通に初手を引いたら完成だよ」
「そ、そ……」
「カジュアルな対戦でデッキシャッフルやカットをやらないからね」
「そんなのイカサマだ!!」
「その通り、なら魔法も同じじゃないのか?」
「え……あ……」
幹人の表情に戸惑いが見える。
仕込むのと魔法で引くのと何が違うというのか。
やってることはどちらもイカサマにすぎない。
「尊は魔法で666と11を出されて負けた、これは魔法だから許せるか?」
「……許せない」
「それが理解できたならそれでいい」
幹人も悪気があってやったわけじゃないだろう。
頭をくしゃくしゃと撫でる。
男の子だからか陽菜と違って髪が硬いな。
「次からは使わないようにな」
「はい……」
せっかくレベルを上げたのだからイカサマになんて使わずにもっと面白いことに使ってほしい。
魔法はもっと楽しく使うものなんだから。