「レベル100超えの人間が3人になりました」
「うんうん、いいね、素晴らしい」
小さな部屋の一室で十代後半の女が三十代の男に報告を上げている。
そこは男の仕事場だがほとんど物は置かれていない。
PCと電話と観葉植物がある程度だ。
「機密保持のための魔法は既にかけてありますので問題ありません」
「次の候補は育っているかい?」
その言葉に顔を曇らせる女。
進捗が良くないらしくどう答えるか言葉を選んでいるようだ。
「どうしてもレベル上げの効率が悪くて育つまでに時間がかかっています」
「それは課題だな」
「すみません……」
「いや、若菜が考えることじゃないよ」
観葉植物の状態を観察しながら男が答える。
難しい表情をしているが怒っている様子はない。
その姿を見て若菜は目を輝かせた。
どうやら失態について怒られると思っていたようだ。
「もっとMPを回復させることが出来ればいいんだが」
男がつぶやく。
レベルを上げるには経験値を稼ぐ必要があり、経験値はMPの消費量で決まる。
つまりMPが回復できない限り必ず最大MPで頭打ちとなる。
しかしMPを回復させる手段はほとんど見つかってない。
ごく一部の魔法でわずかながらMP供給出来るものの効率は著しく悪い。
男がいろいろな人間で検証した結果、もっとも効率が良いのは体力と精神を使わせてから睡眠を取らせることでMPを全快させるというものだった。
そのため今はMPを全消費させて
「最近は相手に飽きてきたらしく運動量が減ってきまして……」
「それは困ったものだ」
効率を上げるどころか効率が下がったという報告を受けて少し残念そうな表情をする男。
その表情を見て若菜が慌てて次の言葉を紡ぐ。
「私も参加すれば少しは」
「いや若菜はそういうことをするよりもっと有意義なことをしてほしい」
若菜は若くて美形だから運動は捗るだろうが、男はその程度の誰でも出来ることに使いたくはなかった。
それに
「日本人というのは」
「はい」
男が突然会話を切り替えても若菜に動揺する気配はない。
いつ何時でも男の要望に答えるのが若菜の役目だと思っているからだ。
「ライスに飽きないのかい?」
「はい? あ、いえ、すみません」
それでも今回は男の質問が想定外すぎて無意識に聞き返してしまう。
慌てて取り繕うが男が怒る様子はない。
「いや、君たち日本人は毎日ライスを食べるんだろう?」
「はい、そうですね」
「飽きないのかい?」
「そんなこと考えたこともありませんでした」
若菜は改めて考える。
白米は白米であって飽きるとか飽きないとかではない。
いや、短期的には飽きてパンやパスタを食べる時があっても必ずまた戻って来る。
「なら毎日同じメニューでも大丈夫ということ?」
「それは違いますね」
そう答えると男の目が鋭くなる。
何か引っかかった時の反応だ。
若菜は姿勢を改めて次の言葉を待つ。
「ほう……その理由は?」
「味が一緒だと飽きます」
若菜の返答を聞いて観葉植物を触る手を止める。
目を細めてあらぬ方向を向いて何か考えているようだ。
「ライスは味がついていないから食べられる?」
「ライス単品ではなくおかずとセットで考えているからだと思います」
若菜は分かりやすい言葉を選びつつ意味が曲がらないように注意して答える。
言葉の壁は簡単に誤解を生む。
男は若菜の考えを求めているので意味が曲がっては元も子もない。
「どういう意味だい?」
「文化が異なるので適切な例えが難しいのですが……例えばハンバーグとステーキは同じ食べ物ではありません」
「そうだね」
「しかしベースとなる素材は肉であり最たる違いは味付けです」
「うん、そうだね」
「ライスも同様で素材という意味に近いからだと思います」
若菜の声のトーンが若干上がる。
男の反応が良いので喜びを感じているようだ。
「つまり素材が一緒であっても何らかの変化をつければ飽きないということだね」
「はい」
男が観葉植物を触るのをやめて辺りをウロウロし始めた。
これは男が重要な何かを考えている時の仕草なので、若菜は邪魔をせず黙ってみている。
「さしあたりの応急策だが……」
・・・
『甘いマスクで知られる俳優のジェフリー・ワトソンが電撃引退を表明しました。 引退理由についてワトソン氏は『やりたい事が出来た』とのことです。 昨日のメリッサ・クルーニーに続いて最近立て続けに電撃引退が続いており……』
「ジェフリー・ワトソンだ、まあ自己紹介するまでもないかな」
「嘘でしょ……」
「本物……?」
「ここにいる女性は魅力的な人ばかりで困るね、誰からお相手だい?」
「あ、私が!!」
「あたしが先よ!!」
「お前はそこの男がお気に入りだからいらないよね!!」
「あんたこそ今まで盛ってたからゆるゆるでしょうが!!」
「おぅ、順番順番だよ」
ジェフリーに群がるように集まる女たち。
相手を押しのけて我先にと群がる姿を見て今までお相手してきた男たちは苦い顔をしている。
また別のところでは。
「メリッサ・クルーニーです、よろしくお願いします」
「まじかよ……」
「綺麗すぎる……」
「本物かどうかなんて聞くまでもない……」
「経験ないので優しくしてくれる人がいいです」
「お、俺なら優しくするよ!!」
「お前の粗末なものじゃ駄目に決まってるだろ、俺のはすごいぜ!!」
「初めてなら僕ぐらいがお勧めですよ!!」
「私が相手を選びますからきちんとアピールしてくださいね」
その言葉を聞いて男たちがメリッサの前に列を為し始めた。
今までさんざんにお世話をしてきたのにほっぽりだされた女たちは恨めしそうな目でメリッサを見ている。
だがしかし運動量に応じて報酬が得られる彼・彼女らにとって運動できないというのは死活問題である。
それに気づいたものはすぐに態度を変えて必死になってアピールを始めた。
「効果は抜群ですね」
若菜はその状況をモニタで見ながらそう言った。
男も女も新しく来たお相手に夢中になっているし既存の運動相手もやる気を出している。
これなら運動も捗るだろうと納得した様子で見ている。
まだ未成年にも関わらず
若菜の頭の中にあるのは男の期待に応えること、それだけだ。
「ああ、だが明日には移動させる」
「え、どうしてですか?」
「ご馳走はたまに食べるから美味しいのさ」
その言葉を聞いて若菜は考え込む。
男の言葉を自分なりに咀嚼しようとしているのだろう。
「新しい相手にもすぐ飽きが来る、なら特別なものにすればいい」
「でも定期的にするならいずれ飽きが来るのではないでしょうか?」
「次来た時は報酬総額が高い上位2名だけ運動できると伝えておいてほしい」
「!! わかりました」
男の意図を理解したようで、すぐに部下に指示を出し始める。
ご馳走を一度味わえば忘れることは難しい。
もしご馳走が手の届かない所にあるなら諦めることも出来るだろうが、手を伸ばせばすぐ届く位置にある。
あとはたまのご馳走を得るために普段飽きたものでも一生懸命食べてくれるだろう。
そんな考えをしていたことに気づき男が苦笑する。
「しょせん子供だましだし、最大MP以上に経験値を稼ぐ方法があればこんな苦労いらないんだけどな」
だがそんな方法は存在しないと諦めた様子で呟く男。
もしあったとしたらきっとなんでもするだろう。
男の計画のためにはレベル100の人間が多数必要なのだから。
「方舟計画に乗り遅れないようにしないとな」
男の言葉が闇に溶けていく。