「おはよう、お姉ちゃん、コホッ」
「……おはよう」
「今日もお姉ちゃんはかわいいね〜」
「見えない」
平川さんは恒例となった挨拶をしている。
もう既に見慣れすぎたせいか誰も反応していない。
「おはよう、また藤田さんかわいがってるの?」
「秋穂、おはよう、聞いてよ昨日すごい魔法見つけちゃってさ」
今度は和泉さんと話し始めた。
いつ見ても邪気が無い笑顔で会話してるので、見ていて非常になごむ。
それは他の男子も同じらしく目じりを下げているものが多い。
平川さんは一度仲良くなると話しやすいタイプらしく、あっという間に友だちが増えたようだ。
その中でも和泉さんグループと仲が良くて放課後もよく遊んでいるとか。
藤田さんも一緒に混じっているらしいので羨ましい。
「えーとなんて言うんだっけ……真琴ー、知ってるでしょ、[きらめく星]」
「は?」
「いわゆる何だっけ?」
そんなことを考えていると突然会話を振られた。
さも知っているかのように聞かれたけどまったく知らない。
なにか有名な魔法なんだろうか?
きらめく涙は星なら知ってるけどあれは歌だしなぁ。
「[きらめく星]はいわゆるプラネタリウムだな」
「そう、それ!! プラネタリウム!!」
俺が答えられないでいると翔が助け舟を出してくれた。
魔法詳しくないと思ってたのに意外と知ってるんだな。
平川さんは言葉が思い出せて嬉しそうだ。
無邪気に喜んでくれるのでついついみんな構いたくなるんだよな。
「もう、魔法のことなのに知らないってどういうこと?」
「なんでもは知らない、知ってることだけ」
「真琴は星といっても夏の大三角ぐらいしか知らなそう」
「……」
「ほらやっぱり」
平川さんは楽しそうに笑っている。
事実、夏の大三角はさっきの発言の元ネタである化物語のEDの歌詞で知ってるだけだ。
でもまさか会話の元ネタがばれるとは思わなかったけど、意外とアニメも詳しいのかな?
「ちなみにアレガは星じゃないわよ?」
「それぐらい知ってるよ!?」
「あははー」
これも有名な空耳ネタだ。
歌詞の流れから「あれが」という部分が星っぽく聞こえるんだよな。
ただ夏の大三角と言ってるのにアレガが星だったらデネブ・アルタイル・ベガと合わせて四角になってしまうから気づかない方も悪い。
それにしても気の抜けた笑い声が陽菜にそっくりだ。
やっぱり妹キャラっぽいけど兄姉がいるんだろうか?
「楽しそうですねぇ」
「いじりがいがあるんでしょうね」
「能見君、阿久津君が寂しがってるよ」
橘さんが真剣な顔で言ってるけど阿久津が寂しがっていたら気持ち悪い。
あいつは友達がたくさんいるだろうし近寄らないでほしい。
「貴重な友達をなくしていいのか?」
「友達作ると人間強度が下がるって言われるわよ」
「らららぎさんじゃないから!?」
そのツッコミが出来る辺り、思ったより詳しいな!?
たしかに平川さんは好きそうな内容ではあるんだけど……。
「どれ、人間強度ならちょっと試してやろう」
「そもそも物理的な強度じゃないよ!?」
翔がわざわざ腕まくりして近寄ってきた。
どこの部位の強度を測る気だよ。
っていうか、翔はそもそも元ネタ知ってるじゃねぇか。
「コホッ」
「どうした平川、風邪か?」
「なんかたまに咳が出るのよね」
見た感じ特に顔色や体調は悪そうではないし咳の音も乾いているのでそこまで問題はないように思う。
ただ昔と違って今は咳に敏感な人が多く、みんな平川さんを心配しているようだ。
「マスクしたほうが良いよ」
「えー、大丈夫だって」
「早めに治したほうが良いぞ」
「ちょっと咳が出るだけだから」
「それが予兆であることにその時は気づいていなかったのであった」
「ボケが長いぞ」
「そんなに長いか!?」
「うーん」
みんなに言われたので少し心配になったらしく悩んでいるようだ。
ちょっとしてから手をポンと叩く。
「そうね、誰かにうつすと早く治るって言うわよね、真琴ちょっとこっち来て」
「そのフリは絶対うつす気だよね!?」
「何よ、女の子からもらえるものは何でももらうべきよ」
「病気はNG」
不満そうに俺を睨んでるけどそもそもうつしたって治るわけじゃない。 手を叩くリアクションといい、うつせば治る理論といい、ちょっとネタが古くないか?
「平川、今日は病院いけよ」
「そうする、あーあ、真琴が病気もらってくれないから」
「だからうつしても治らないよ!?」
この日はこんな感じで終わった。
平川さんは終始元気そうな印象だったけど次の日。
「平川さんが感染症のため一週間ほどお休みになります」
みんながざわざわしている。
もしかして昨日帰ってから悪化したんだろうか……。
「大丈夫かな?」
「昨日は元気そうだったけど」
「いないと寂しい」
「美少女が減った……」
「貴重なおっぱいが……」
みんな平川さんを心配してざわついているようだ。
ただ若干変態がまじってたのが気になる。
神道の鳥海が言うはずないし桐谷辺りか?
「藤田さん、平川さんの調子は大丈夫?」
和泉さんが藤田さんに話を聞いている。
行動の早さはさすがだ。
「本人はいたって元気」
「よかった」
横耳だけど事情を知ってる人から元気と聞けたのでよかった。
寝込んでいるとかなら大変だもんな。
「平川は何か部活やっていたか?」
「え、あ、どうだろう?」
「ふむ」
転校してきてから2週間だしまだ入ってない気がする。
でも翔がわざわざ聞くってことはなにかあるのかな?
「いや、部活してるなら部内から感染したのかと思ってな」
「ああ」
感染源が校内だったら対策しないといけないか。
でも翔がわざわざ気にすることでもない気がする。
「委員会かもしれないぞ」
「ん、そうなのか?」
阿久津が話に混ざってきた。
相変わらず良いタイミングで来るな。
「飼育委員だからな」
「え、転校早々でそんな委員に入ってるの?」
「本来は大森だったんだが変わってもらったようだな」
「へぇ」
「ほう……」
大森さんは肩くらいの長さでウェーブがかった茶髪の綺麗系女子。
見た目はそれなりに美人だけど性格がちょっときついしサボり癖がある。
多分やりたくなかったんだろうなぁ……。
まあ平川さんの性格から考えて無理やり押し付けられたわけじゃないだろうし、やりたいって人がやるほうがいいか。
「ところでなんでそんなこと知ってるんだ?」
「委員繋がりだな」
そういえば何かの委員やってたな。
面倒なのによくやる気になると思う。
「ちなみに藤田は図書委員だぞ」
「その補足いる!?」
「いらないのか?」
「すみません、いります、どうか情報を下さい」
ついツッコんでしまったけど情報はありがたい。
そうか、図書委員だったのか。
藤田さんは本が好きなのできっと図書委員選んだんだろうなぁ。
「まあそれ以上の情報と言っても最近図書室の改装があるから図書委員が集まることが多いってぐらいだな」
「何時頃終わるとかは?」
「待ち伏せでもするのか?」
「言い方悪いよ!?」
待ち伏せっていうか……、うん、待ち伏せか。
いやせっかくそういうチャンスがあるなら狙ってみたいものだし。
「終わる時間はまちまちだって聞いたぞ」
「諦めよう」
「もう少し粘れよ」
「翔みたいに部活やってるならともかく俺がずっと残ってたら怪しいよね」
「独り言喋ってたで通ると思うぞ」
「またまた」
「通るぞ」
「通るな」
「通る」
「通るわね」
「通りますねぇ」
「通ると思うよ、イマジネーション相手は阿久津君で」
「なんでみんな聞いてるんだよ!?」
なぜかいつものメンツ全員から通ると言われた。
おかしい、そんなにひとりごと言ってないと思うんだけど。
あと橘さんは早く正気に戻るんだ。
数日後の放課後。
「ちょいと失礼」
授業が終わった直後、別のクラスの男子が入ってきた。
彼の名前は坂本、俺でも知ってるぐらいの有名人だ。
曰く、交際が長続きしないのに彼女がいないタイミングがない男。
そんな有名人が突然来たのでクラスの男子は警戒態勢になる。
彼は教室を見渡すと目当ての人間を見つけたのか近づいていく。
「よう、透子」
親しげに声をかけた相手は藤田さんだった。