「今度は藤田さんが相手ってことか」
「他の女子じゃなくてよかった」
その呼びかけを聞いて安堵の声を上げる男子達。
でも俺はそれどころじゃない。
まさか藤田さんを探していたとは思ってなかった。
しかも名前で呼んでるなんて……。
「一緒に帰ろうぜ」
坂本からの直球の誘いを聞いてみんなの視線が藤田さんに集まる。
断ってくれると思ったのに藤田さんからの返事はなく、そのまま鞄を持って立ち上がり歩き始める。
そこに坂本が静かに近寄り二人で教室から出ていくのを俺は固唾をのんで見ているしかなかった。
そんな、そんなことって……。
「彼氏いたのか」
「残念無念」
「あの子、見た目はいいし」
「ああ、だから見た目だけの男についていったのか」
その言葉を聞いて怒りで一瞬我を忘れて立ち上がろうとしたら翔に押し止められた。
「まあ落ち着け」
「今藤田さんの悪口を言ったやつがいた」
「そういうやつもいるだろ」
「絶対に許さない」
「いちいち気にするのは時間の無駄だろ」
悪口を言ったやつを探したいのに翔から強い力で椅子に座らされているので動けない。
くそ、もっと筋トレしておくんだった。
「二人で出ていったのが少し気になりますねぇ」
「そうだな」
阿久津と名雪さんの言葉で思い出す。
そうだ、藤田さんは坂本と一緒に出ていったんだ。
つまりそれは付き合っているということで……。
クラスメイトが話す声が遠くに聞こえる。
こんなの夢に違いない。
「ん? おーい、真琴……、駄目だ、死んでる」
「現実を思い出したんだろうな」
「あんなに頑張って話しかけてたのにね……」
「さすがに可哀想に思える」
「結局は容姿ってことよ」
「桐谷、その追い打ちはひどいだろうに」
彼氏がいる気配なんてなかったのにどうして……。
もしかして反応が悪いのも俺が嫌われていただけ?
いや、でも誰に対しても大体あんな反応だ。
カバンを持って急いで教室を飛び出す。
本当に一緒に帰っているのか確認したかった。
あんな感じで出ていったけど実はバラバラで帰っているかもしれない。
少し走るとすぐ二人が見えた。
二人で並んで歩いているし、しかも肩が触れ合うギリギリの近さだ。
男性と違って女性は一般的にパーソナルスペースが円状に広がってるのであの近さは友達の距離感じゃない。
坂本が横を向いて何か話しているのを見て心が折れた。
彼氏……だったんだな。
はは、馬鹿みたいだ。
一人で空回りして仲良くなれたとか思っちゃって。
そんなことあるわけないのに。
どん底の気分で家に帰ると陽菜が牛乳の1Lパックに直接口をつけて飲んでいた。
きちんと腰に手を当てて背筋を伸ばして飲んでるのはかわいいけど、行儀悪いぞ。
「お兄ちゃん、死にそうな顔してどうしたの?」
「死にたくなるようなことがあったんだよ」
「振られることぐらいよくあるから元気だしなよ」
「なんで分かるんだ!?」
「お兄ちゃんのことなら顔見ればたいてい分かるよ」
フフンという感じでドヤ顔している。
陽菜のそんな顔を見てると元気が出てくるから不思議だ。
ただそれはそれとして。
「いひゃい」
「調子に乗ってる子はお仕置き」
「あばばば」
ほっぺたをぷにぷにしつつ、あごをタプる。
よく見たら牛乳がちょっとあごについているのでついでにティッシュで拭いておく。
「まあ振られたわけじゃないんだけど」
「嘘だ!!」
「突然ひぐらしのレナの真似をするのはルールで禁止スよね」
「恋愛はルール無用なんだよ、お兄ちゃん」
「ツッコミに使うのは恋愛がらみと言っていいのか?」
まあノリで喋っているだけだろうし気にすることないだろう。
それにしてもご機嫌だな、何かいいことあったんだろうか。
「端的に言うと好きな子に彼氏がいたんだ」
「へぇー、それでお兄ちゃんは何をして振られたの?」
「え、あ、いや、彼氏がいるからもう無理だなって」
「本人にそう言われたの?」
「いや……」
「はぁぁぁぁぁ」
クソデカいため息をつかれた。
ツッコミを入れられることはあってもこういう返事なのは珍しい。
牛乳パックを机に置いて俺の方を向く。
「あのねえお兄ちゃん、それはBSSだよ」
「なんだよ、BSSって」
「僕が先に好きだったのに、の略」
なんでそんな言葉があるのか疑問だけど略称があるぐらいだから有名な言葉なのか?
やれやれという表情で俺に近づいてくる。
「行動しないままでいて他の男に取られたら諦めるとか最悪」
「いや、だって彼氏が……」
「本人に告白もせずに何が振られたなのか」
「だって」
「これは真剣に話さないと駄目だね」
「あっと、用事を思い出s 「逃さないよ?」
俺の腕を掴んで胸元で抱きしめるように抱えてくる。
おかげで腕がおっぱいに挟まれていて身動きがとれない。
やばい、これは本気モードの妹だ。
この状態だと振り払えないし会話が終わるまで離してくれない。
「このままじゃお兄ちゃんに彼女は無理だからね」
「あの、妹のおっぱいに腕が挟まれるのはちょっと……」
「逃走防止だから仕方ないね」
絶対逃さないと目で訴えている。
駄目だ、さっさと会話を終わらせた方がよさそうだ。
「まず相手は本当に彼氏なのか」
「え、だって親しそうにしてた」
「本人が彼氏だって言ってたの?」
そう言われて、あの時のことを思い出す。
藤田さんはそんなことを言ってないし坂本も……言ってないな。
親しそうに声をかけていたし一緒に歩いているのも見たけど言質は取れていない。
「その様子だと言ってないんだね」
「でも名前で呼んでたし」
「男はすぐ名前で呼びたがるよ、私も知らない人から呼ばれることあるし」
「よし、詳細を教えろ、魔法でぶっとばしてくる」
「魔法でってところがお兄ちゃんだね」
かわいく笑う陽菜。
うちのかわいい妹に手を出すなら全力で撃退するぞ。
まあ力では勝てないから口とか魔法とかになるけど。
「お兄ちゃんの好きな人は嫌なことを嫌って言う人?」
「言うぞ」
藤田さんは見た目通り嫌なことに対してはっきり断る。
やりたくないことをやらせようとするのは難しいと思う。
「うんうん、じゃあどうでもいいことには嫌って言う人?」
「どうでもいいこと……?」
普段の態度を思い出す。
うん、どうでもいいことに対しては何のアクションも取っていない。
無視してそのままだ。
「何も言わないし何もしないタイプ」
「なるほどね」
訳知り顔で頷く陽菜。
なにか分かったのだろうか。
「完全に理解した」
「それは失敗フラグでは?」
「お兄ちゃんはもっと積極的に、具体的には告白すること」
「どうしてそうなった!?」
彼氏がいるって話なのになんで告白する話になるんだよ!?
でも陽菜は大真面目な顔をして次の言葉を紡ぐ。
「必ず本人からきちんと返事をもらうこと、いいね?」
「それは……つらい」
「特攻して玉砕するまでが恋愛だよ、お兄ちゃん」
「死んでるじゃねぇか!?」
「死にそうな顔してるんだから一緒だよ」
理解できないことはないけど……。
そう思っていたら、そっと牛乳パックを渡してきた。
明らかに軽いので中身は空だろう。
「で、これは?」
「恋愛相談の代償」
「いつ俺が恋愛相談するって言ったんだよ」
「じゃあ妹のおっぱいを堪能した代償」
「堪能してないわ!?」
「気持ちよかったでしょ?」
「どう答えろと!?」
「あ、ミルクはでないから」
「生々しい下ネタはやめろ!?」
「あははー」
笑いながら二階に上がっていった。
まったくもう。
下ネタで締めたのは俺の気を楽にさせるためだろうな。
でもたしかに諦めるにはまだ早いか。
「【明日の気分は?】」
お、良い気分らしい。
これは前に陽菜が作っていた未来予測の魔法。
明日の気分が良ければ大抵の場合良い方向に進んでいると言えるだろう。
結局牛乳パックは俺が持ったままだったので洗って切り開いて干しておいた。