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63.タイミング

 どれだけ寝ようと思ってもすぐに後悔の念が頭をよぎって夜はほとんど寝れなかった。

 朝方になってようやく意識が朦朧としてきたのに、珍しく早起きした陽菜が部屋に入ってくるのは何の因果だろうか。


「お兄ちゃん遊ぼー」


 朝から遊ぼうとか子どもか。

 とりあえず無視して寝たふりしとこう。


「返事がないから了承と認識するよー」


 寝てるのに遊ぶ訳ないだろとツッコミたいけど、それを言ってしまうと起きてることがバレるので黙るしかない。

 近くに寄ってくる足音がするので起こしに来るんだろう。


「お兄ちゃんが起きてこないのでフライングアターック」

「ぐぇ」


 起こすのかと思ったらまさかのダイビングアタックを仕掛けてきた。

 お前はどこの漫画の妹だよ!?


「お兄ちゃんの蛙潰れちゃった?」

「潰れたらどうするんだよ!?」


 猫猫ですら潰そうとはしなかったぞ。


「お兄ちゃん、それは使おうと思ってるからだよ、逆に考えるんだ、『潰れちゃってもいいんだ』と考えるんだよ」

「使わせてくれよ!?」

「しょうがないにゃあ……いいよ」

「お前じゃねぇ!?」


 朝一からテンションが高すぎる。

 なんでこんなノリなんだよ、徹夜でもしたのか?


「お兄ちゃんのかけ布団いいなー、ほしいなー」

「やらん」

「けちー」


 どうやらかけ布団が欲しかったらしい。

 別に高価なものでもないし自分で買えばいいだろうに。


「ほら朝だよー」

「パトラッシュ、なんだかとても眠いんだ」

「む、私がガキってこと!?」

「ガキパト!?」


 適当にネロの真似をしたら真・女神転生IIIのネタだと勘違いされてしまい陽菜が怒り始めた。

 慌てて起きて謝罪したけど陽菜の怒りは収まらない。


「お兄ちゃんは配慮が足りない」


 結局おやつを買う約束をするはめになってしまった。

 適当なことを言うもんじゃないな……。


 早めの時間に起きたので早めに学校に向かう。

 何をするにしても時間があるにこしたことはないだろう。

 そう思って学校に来たのに教室に着くといつも俺より早い藤田さんが来ていない。

 まずは挨拶してそれをきっかけにと思っていたのに。


 時間が経っても一向に藤田さんは来ず平川さんが先に来た。


「平川さん、おはよう」

「おはようだろ平川」

「おはよう、真琴は元気してた?」

「元気……かな?」

「なんで疑問形なのよ」

「あ、久美、大丈夫なの?」

「全然大丈夫、ただ勉強が遅れたのがねー」


 そのまま和泉さんに近寄って話し始めた。

 元気いっぱいの表情で挨拶を返されたし、きっと大丈夫だろう。


「平川元気になったんだな」

「そうだね……」


 平川さんは大丈夫だとして藤田さんが来てないのが気になる。

 もしかして昨日会話を失敗してしまったから怒ってこないんだろうか……。


「能見は元気ないな」

「透子ちゃんのことが忘れられないんだろ」


 阿久津と翔が何か言ってるけどどうでもいい。

 藤田さんがようやく来たときにはHRまで時間が残っていなかった。


「お姉ちゃん~」

「見えない」


 休憩時間になるとまた平川さんが藤田さんの頭を抱きかかえている。

 きっと朝挨拶できなかったから代わりに今しているのだろう。


「寂しかったよ~」

「ワタシも」


 柔らかい言葉で同意する藤田さん。

 顔は見えなくても声だけで感情が伝わってくる。


「いい話だなぁ」

「感動するわね」

「どこに感動する余地があるんだ?」

「普通の再会だと思う」

「お前らには情がないのか」

「同情してほしいなら金をくれ」

「最低!!」


 それを見て嬉しそうにする江川と和泉さんにツッコミを入れる桐谷と鳥海。

 最近意外とその構図になることが多い。

 喧嘩するほど仲が良いってほんとだな、爆散しろ。


「本音が出すぎてるな」

「しっと団員ですねぇ」

「あ、名雪さんも知ってるんですね」

「男性の文化は理解したほうが捗りますからねぇ」

「ソウデスカ」


 これ以上余計なことを聞くのはやめよう。

 それにしても平川さんがべったりくっついて藤田さんに話しかける隙がない。

 まあ幸せそうな顔で話してるから邪魔する気にもならないからいいんだけど。


「見てるこっちが幸せな気分になるのはまるで陽菜ちゃんみたいだろ」

「そうなのか?」

「ただ平川は天性のものだけど陽菜ちゃんは努力の成果って違いはあるな」

「努力で出来るのもすごいな」

「うちの妹がかわいすぎてすまん」


 ああ見えて陽菜は努力家だからな。

 まあ入念に準備したうえで、本番であえて準備と違うことをやるタイプだけど。

 基礎をしっかり固めているからアドリブしても揺るがない。


「え、陽菜ちゃんって能見の妹でしょ、そんな場面見ることあるの?」

「真琴といる時が一番そんな感じだぞ」

「うそ、普通は異性の兄弟って仲悪くない?」


 驚いた様子で答える和泉さん。

 その感じだと異性の兄弟がいるんだろう。


「仲良いを通り越してブラコンだな、真琴もシスコンだし」

「俺がシスコンなのはともかく、陽菜はブラコンじゃないよ!?」


 陽菜がブラコンとかあり得ないだろう。

 あれだけスペック高くて性格の良い妹が俺みたいな男を慕う理由がない。

 父さんと一緒で身近にいてからかいがいがある相手ってだけだろう。


「否定するところがそこなんですねぇ」

「以前春日井から妹を溺愛してると聞いてたけどこれほどか」

「っていうか翔だって灯里ちゃん溺愛してるだろ!?」

「なっ!? それを言ったら戦争だろうが」

「春日井にも妹いたのか」

「聞いたことなかったわね」

「すごくかわいい小5の女の子だよ」

「そうなの?」

「春日井、僕のお兄さんになってください!!」

「まずは手足からか」

「痛っ、痛いって、いや、冗談、やめろ、冗談だって!?」


 翔は無言で桐谷の腕を掴んで関節と逆方向にひねりはじめた。

 だから溺愛してるって言ったのに馬鹿なやつだ。


「写真が見たい」

「次は鳥海か」

「え、痛っ、いやただ見たいだけで、痛たたたたーーー」


 写真を要求した鳥海も同じ目にあっている。

 馬鹿め、翔は灯里ちゃんを守るために体を鍛え始めたぐらいのシスコンだぞ。

 鳥海みたいな変態に顔を教えるわけないじゃないか。


「能見みたいな変態が知ってるのはおかしい」

「変態じゃないよ!?」

「灯里が陽菜ちゃんに懐いているから仕方ない」

「あ、友達なんだ」

「小さい頃からずっと仲良くてな」


 優しい表情で語る翔は良いお兄さんだと思う。

 ただ灯里ちゃんを可愛がりすぎたせいで反発されてるけど。


「そうか、能見と春日井は幼馴染だったな」

「腐れ縁ってやつだろ」

「あーあ、いっつも翔の不満言ってる灯里ちゃんをとりなしてるけどやめようかなー?」

「最高の幼馴染だと思ってるだろ」


 言葉だけでなく即座に土下座を始めるのはさすがだ。

 妹のためなら面子などフヨウラということだろう。

 そしてなんと綺麗な本朝式土下座キングス・スレイブだろうか。

 体格がいいだけに威圧感があるのがまた良い。

 これほど優越感を感じることは……ん?


「もう一回、次はちゃんと録画するから!!」

「すみれ、ステイ」

「男の土下座は貴重ですからねぇ」


 橘さんが取り押さえられていた。

 目が血走ってるのでちょっと怖い。


 結局、藤田さんと会話するタイミングがないまま放課後になってしまった。


「透子、帰ろう」


 坂本が顔を出した。

 いつもチャイム鳴ったらすぐ来るけど速攻で来ているのだろうか。


「誰?」


 平川さんが不審者を見るような目で坂本を見ている。

 まあ不審者で合ってると思うけど。


「お、かわいいね、君、名前は?」

「平川久美」

「久美ちゃんか」


 坂本の視線が上から下に動いた後に胸の辺りに戻る。

 明らかにおっぱいを見ている。


「スタイル良いね」

「いきなりそれ?」

「良いものは良いって言ってるだけさ」


 平川さんは明らかに嫌がっているのに全然ひるまない。

 笑顔を浮かべながら藤田さんと平川さんの顔を交互に見ている。


「三人で一緒に帰ろうか」

「何言ってんの?」

「二人とも仲よさそうだしね」

「うざ」

「物は試しって言うしどう?」

「断る」

「それは残念、じゃあ透子・久美またね」


 坂本はあっさり帰っていった。

 なんかすごいな……。

 あれだけ言われて何も気にせず話を続けられるなんて。

 俺ならすぐに話をやめてしまうだろう。


「お姉ちゃん、帰ろ」

「うん」


 やはり二人で帰るらしいので話すのは無理か……。

 出来れば今日話をしたかったけど諦めるしかない、本当にタイミング悪いな……。


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