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64.誘う勇気

 諦めて家に帰ると陽菜が既に帰宅していた。

 服を着替え終わって寛いでいる所を見ると、けっこう早くに帰ってたな。

 陽菜は俺を見つけると駆け足で近づいてくる。

 こういう仕草がかわいいんだよな。


「お兄ちゃん、ちゃんと玉砕した?」


 だが言うことは可愛くない。

 なぜ玉砕前提で告白しないといけないのか。


「玉砕したくないぞ」


 俺の言葉を聞いて「はぁ?」という顔をしている。

 それは女の子がしていい顔じゃないぞ。


「ちゃんと告白しろって言ったのに」

「平川さんがずっと一緒だったから無理だよ」

「久美ちゃんならワンチャン以上あるよ」

「もっとねえよ!?」


 昨日の会話でどうしてそういう話になるのか。

 今でこそ平川さんとなんとか喋れるようになったけど最初はあれだけ険悪だったんだぞ。

 ワンチャン以上どころかノーチャンスだよ。


「平川さんは今日迫られたのにあっさりと拒否してたぐらいだぞ」


 帰る前の状況を説明すると陽菜が首をかしげている。

 髪が少し顔にかかって目に入りそうなので手で避けておく。


「ん、お兄ちゃん、そんなんじゃ久美ちゃん取られるよ」

「だから狙ってないぞ!?」


 なぜそこまで平川さんを狙わせるのか。

 それにそもそも男と付き合いそうにないんだけど。


「はぁ……、久美ちゃんみたいな子は落ちるのも早いよ」

「何言ってんだ、絶対無理だろ!?」


 あれだけ拒否してたのに落ちるなんてありえないだろう。

 嫌われてたのが反転して好きになるとか漫画かよ。


「逃げられない状況で迫られるとあっという間だよ」

「いやいやまさか」

「相手は女慣れしてる男なんでしょ、あっさり落ちると思うよ」


 嘘だろ……。

 でも珍しく真剣な顔で言ってるので陽菜は本気でそう思っていると思う。


「久美ちゃんのアへ顔Wピースを見たくないなら早い方がいいよ」

「また寝室の本棚漁ったな!?」

「今回は普通の方の本棚にある漫画」


 うーむ、全年齢向けのはずなのに最近の漫画は過激だな。

 どんなシーンでアへ顔Wピースになったのか気になる。


「とりあえず使うのはやめなさい」

「てへぺろっ」


 かわいいけどそれで誤魔化せると思ったら大間違いだぞ。

 とりあえず頭を撫でておく。


「ただ本気で言うけど善は急げだよ」

「善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なりって言うし……」

「同じ孫子の言葉に、兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなりってあるでしょ」


 く、また言い返しづらい言葉を。

 こういう所は陽菜が父さんのDNAを受け継いでると実感する。

 父さんはとにかく口が立つ。

 そういう仕事をしているらしいけど、具体的に教えてもらったことはない。

 多分営業とかだと思うけど。

 そして本気になった陽菜も同じくらい口が立つので、まともに口喧嘩しても勝てない。


「いひゃい」

「反論できないのでほっぺたを堪能する」

「ひんがあんえいあいよ」(因果関係ないよ)


 坂本が彼氏かどうかは分からないけど、一緒に帰ってるんだから俺よりはるかに進んでいるのは間違いない。

 挽回するならもっと努力しないと……。


「もう、言い返せないとすぐほっぺた触るんだから」

「触り心地が良いから仕方ないね」


 小さいころからいつも触ってるから陽菜も慣れたものだ。

 でもいつか彼氏ができたらやらせてくれなくなるのかな。

 ……まてよ、彼氏?


「……ちなみにお前は大丈夫なのか?」


 陽菜も逃げられない環境で迫ると弱そうだ。

 もしかしてさっきのは実体験だったとか?


「私はもう完落ちしてるし」

「は!? 相手は!?」

「ん」


 陽菜がポケットからコンパクトを取り出してこちらに向けてきた。

 でも、てっきり写真でも貼ってあるのかと思ったら鏡なんだけど……。


「これは?」

「映ってる人すごい悪い奴なのでぶちのめしてね、お兄ちゃん♪」

「俺かよ!?」

「あははー」


 笑いながら去っていった、またこのパターンか。

 あいつはとりあえず落ちをつけないといけない関西人なんだろうか。


・・・


 次の日。

 相変わらず藤田さんと平川さんは一緒にいる。

 最近は和泉さん達のグループも一緒にいることが多いので、もう男子が近づける雰囲気じゃない。

 せめて和泉さん達がいない放課後を狙うしかないか……。


「見すぎだろ」

「え、あ、いや、そんなに見てないし」

「まさか平川みたいなタイプが好みだったとはな」

「藤田さんだy……あっ」

「だよな」


 満面の笑みで言われて腹が立ったので何発かボディーブローを入れる。

 うーん、無駄に硬くて効いてる感じがしないぞ。


「うんうん、照れなくてもいいぞ」

「照れてねぇー!?」

「平川に透子ちゃんを取られて悲しいもんな」

「死ねぇーーー」


 全力でボディーブローしてもびくともしない。

 むしろこっちの手が痛くなった。

 くそう、無駄に鍛えやがって。

 それにしてもそんなにわかりやすかったのか?


・・・


 放課後すぐに藤田さんの席に向かうと平川さんが立ちふさがった。


「何の用?」

「藤田さんと話したいなって思って」

「あたしが聞いてあげる」


 どうしよう、話すのはいいんだけどすぐに坂本が…。


「失礼ー、久美ちゃん、透子帰ろうぜー」


 ああ、間に合わなかった。

 来る前に少しぐらい話したかったな。


「あれ、そいつ誰?」


 坂本の声から明確な敵意を感じる。

 こいつは男にきついタイプか、友だちにはなれそうにないな。


「ちょっと話をしようと思って」

「なら今度にしてくれないか、二人はもう帰るから」

「待ちなさいよ、どうしてあんたが決めるの?」

「いやぁ、最近一緒に帰ってるからそういうものだよ」

「一度も帰ったことないけど?」

「透子とは帰っていたのさ」

「嘘……」


 本当にガンガン押してくるな。

 藤田さんを盾にして逃げられないようにしてるから、このままだと三人で帰ることになるかもしれない。

 陽菜が言うように善は急げだろう。


「お、俺は今日藤田さんと一緒に帰りたくて」

「あ?」

「はい? 何言ってるの?」


 坂本と平川さんが睨んできた。

 でも怯むわけにはいかない。


「最近話せていないから少しでも話したくて」

「お前ごときが何を話すんだ?」

「話すのは自由だろ」

「無駄だって言ってんだ、わかんねぇのか」

「無駄かどうかは藤田さんが決めることだよ」


 坂本と睨み合いになる。

 ここで譲ってしまったら会話の機会がないままなので、なんとか坂本を諦めさせないと。

 そう思っていたときだった。


「いいよ」

「お姉ちゃんいいの?」

「いい」


 まさかこの状況で了解がもらえるなんて思わなかった。

 一瞬幻聴かと思ったぐらいだけど平川さんが確認してくれたので間違いない。


「なら俺もいいだろ、いつも一緒に帰ってたんだから」


 ただそれなら坂本はこう言うに決まってる。

 俺を無視して藤田さんに話しかければいいだけなんだから。

 それをかいくぐって何とか少しでも会話するためになにか良い案は……。


「帰ってない」

「「は?」」


 藤田さんの返事に対して奇しくも俺と坂本の声が揃った。

 あれだけはっきりと一緒に帰っていたんだから当然だろう。


「一緒に並んで帰っていただろう!?」

「勝手についてきただけ」

「帰ろうと声をかけたら準備し始めたじゃないか!?」

「あなたが来たタイミングがワタシの帰るタイミングと一緒なだけ」

「嘘だろう……」


 呆然としている坂本を尻目に、帰宅する準備を終えた藤田さんがこちらに来た。

 よく見たら鞄に変わったストラップがついている。

 破れたハートが四葉状に配置されてるのは珍しいなぁ。


「一緒に帰る?」

「あ、うん」


 慌てて鞄を持って帰ろうとしたらなぜか隣に平川さんと翔がいた。

 平川さんはまだしもなんで翔もいるんだ?


「あ、あたしも一緒に行く」

「オレもついていくぞ」

「はあ? なんで来るのよ」

「それを言ったら平川だって関係ないだろ」

「あ、あたしはお姉ちゃんが心配で」

「オレも真琴が心配だからな」


 よく分からない理由で二人もついてくることになった。

 坂本はまだ死んでいるようなので放っておけばいいだろう。


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