四人で校門を出てしばらくした後。
「ねえお姉ちゃん、さっきの男は知り合い?」
恐る恐ると言った感じで平川さんが藤田さんに質問する。
それは俺も気になっていたけど質問していいか分からなかったんだよな。
坂本は明らかに知り合いって態度だったけど……。
「知らない」
平川さんの質問に対して即答で答える藤田さん。
ちょっと不愉快そうな顔をしてるし間違いない。
「親しげにしてたからてっきり……」
「一人で喋ってただけ」
藤田さんの返事を聞いて、気持ちが一気に楽になる。
そうか、知り合いじゃないんだ。
「真琴の顔が一気に晴れやかになったぞ」
「何いってんだよ!?」
翔にツッコまれたけど自分でも自覚があるから何とも言えない。
どんな関係だろうと思って夜も寝れなかったぐらいだし。
「もしかしてお姉ちゃんと一緒に帰りたかったの?」
「ち、ちが、いや、違わないけど……」
「え……そうなの?」
平川さんが藤田さんに言ったことをとっさに否定しようとしたけど思いなおして否定しなかった。
坂本の件が誤解だと分かったから何もしてないだけで、本当は今日告白しようと思ってたぐらいだし。
「お姉ちゃん、真琴に狙われてるよ」
「狙ってな「知ってる」
「はい?」
「は!?」
知ってるって何!?
もしかして告白しようとしてたのに気づかれた!?
「話したかったことって?」
「え?」
「何か話したそうだった」
あ、そういう意味か。
てっきり好きなことがばれたのかと思ってしまった。
「真琴が透子ちゃんが好きだってさ」
「は?」
「はい? あんたなんで透子ちゃんなんて馴れ馴れしい呼び方してんのよ」
「ちょ、ちょ」
「突然のフライングチョーーップ!!」
「ぐはっ」
なんだ、いきなりいろんなことが起きたぞ!?
勝手に告白されたと思ったら二人が喧嘩しだして、そのすぐ後には背中に衝撃が走って……。
「陽菜?」
振り向くと陽菜がいた、つまりさっきの衝撃は陽菜ということだな。
「何してるんだ?」
「お兄ちゃんが青春してそうだったから襲ってみた?」
陽菜はきょとんとした顔で首をかしげている。
一方的に仕掛けておいてなんで疑問形なんだよ。
「よし、いい度胸だ、なんで青春したら襲うのか言ってみろ」
「ラブコメにはツンデレヒロインが定番なんだよ、お兄ちゃん」
ドヤァという顔で答えている。
なるほど、それは理解できるが一つどころじゃない問題があるんだよな。
「現実はラブコメじゃないしお前はツンデレヒロインじゃない」
「お兄ちゃんなんて嫌い!!」
「やめてくれ陽菜、それは俺に効く」
妹に嫌われたら死にたくなってしまう。
というか、妹がツンデレはともかくヒロインは駄目だろう。
あ、でも最近は実妹ヒロインがいるんだっけ?
漫画とかアニメなら付き合う所で終わるからいいけど、現実で実妹がヒロインだとその後どうするんだろうな。
親からは勘当されるだろうし結婚出来ないし子どもも難しい。
つらすぎて結局別れることになりそうだ。
「陽菜ちゃん、今日も元気だな」
「あ、翔さん、チーッス」
「チーッス」
翔が声をかけると体育会系のノリで返事をする陽菜。
今の体格と筋肉ならともかく昔はそんなでもなかったのにずっとこのノリなんだよな。
そういえば何か理由があったような気もするけど何だっけ?
「陽菜ちゃん、いつもそんななの?」
「あ、久美ちゃんじゃないですか、こんばんは」
「はい、こんばんは」
「お兄ちゃんのヒロインになります?」
「ヒロインポイントが足りないかな」
「お兄ちゃん、残念!!」
「勝手に始めて勝手に終わらせるな!?」
すごいな、アクセル全開すぎる。
俺が青春してたのがそんなに嬉しかったのか?
あとヒロインポイントって何だよ。
「あ、隣の女性はだれでしょうか?」
少しテンションを下げて藤田さんの方を見る陽菜。
陽菜は意外と人見知りなのでどんな人か伺っているのだろう。
藤田さんは陽菜を見た後、俺の方に顔を向ける。
「……妹?」
「あ、うん、俺の妹で陽菜って言うんだ」
この中で陽菜を知らないのは藤田さんだけだ。
できれば仲良くなってほしい。
陽菜は俺と藤田さんの顔を見比べて一気に笑顔になる。
「能見陽菜です、陽菜ちゃんって呼んでください!!」
「私は藤田透子」
珍しい、普段は初対面でここまでハイテンションにならない。
藤田さんをよっぽど気に入ったのだろうか?
「透子さんですね、お兄ちゃんのヒロインになります?」
「陽菜!?」
どさくさに紛れて何聞いてるんだよ!?
平川さんならともかく初対面の藤田さんに聞くことじゃないよね!?
「考えとく」
「やったねお兄ちゃん!!」
「おいやめろ」
普通は社交辞令的にそう答えるしかないだろ!?
無理やり言わせた言葉に価値はないって昔教えたろ!?
「なんであたしは久美ちゃんでお姉ちゃんは透子さんなの?」
「久美ちゃんは久美ちゃんって感じだから」
「何それ(笑)」
まずい、陽菜のテンションMAXと言っていい状況だぞ。
藤田さんがどんな風に感じるか分からないし一度落ち着かせた方が良い。
せっかく一緒に帰れたけど今日はもう終わりにしよう。
「陽菜、もう帰るぞ」
「え、もう?」
「いますぐだ」
陽菜は少し残念そうな顔をしてる。
でもここで変なことを言ってしまって藤田さんに嫌われたら大変だ。
「じゃ、翔さん・久美ちゃん・透子さんまたー」
「おう」
「またね」
「……また」
陽菜の手を引いて足早にその場を去る。
無理やり連れてきた割にだいぶご機嫌な様子で今にもスキップしそうだ。
そして三人が見えなくなるとすぐ俺の前に飛び出て振り返ってきた。
「お兄ちゃん、透子さんが好きな子でしょ?」
「なんで分かるんだよ!?」
陽菜が来てから藤田さんとろくに喋ってないのに確信を持った言い方に驚く。
「だって鼻の下伸びてたしー」
「まじかよ!?」
「あと目がイヤらしかった」
「あああ」
鼻の下はともかくイヤらしい目で見てたとか最低じゃないか。
これで嫌われてたら……って、あ!!
「そうだ、翔に勝手に告白されたんだ!!」
え、待てよ。
その後に陽菜が『ヒロインになります?』って聞いて『考えとく』って言ってたよな?
それはつまり?
「ワンチャンあるってことだよ、お兄ちゃん」
「だからモノローグにツッコむな!?」
ニコニコとツッコミを入れてくる陽菜。
何が楽しいのか満面の笑みだ。
「私の見立てではもっと積極的にいっていいよ」
「え、まじで?」
「じゃないと玉砕できないよ」
「だから玉砕したくないって言ってんだろ!?」
「あははー」
どうしてそこまで玉砕にこだわるのかが分からない。
坂本の件も誤解だったしゆっくり時間をかけていけば……。
「鉄は熱いうちに打て、だよ」
「鉄だけに鉄則?」
「はい、冷えたー」
「一言で!?」
「百年の恋も一時に冷める一言だったね」
うんうんと頷く陽菜。
いつもそうだがギャグに厳しすぎる妹だ。
「まあお兄ちゃんだから仕方ないか」
「諦められるとそれはそれで嫌だな」
「ならもっとセンス磨こうよ」
そうこう話しているうちに家に着いた。
陽菜が鍵を取り出して扉を開けるとなぜか俺が入る前に扉を閉めてしまった。
「陽菜?」
「ちょっとまってね」
どうしたんだろうか?
雰囲気的には玄関に留まってるようだけど、もしかしてなにか家の中にいる?
でもそれならもう少し騒ぎそうだよな。
「うん、もう大丈夫」
陽菜が玄関の扉を開けた。
手にはなぜかくしゃくしゃになったティッシュを持っている。
「何かあったのか?」
「いやー、ちょっとゴキブリがいてね」
「うげ」
「お兄ちゃんのために排除してあげました」
そうか、それならしかたな……ん?
陽菜の手を見るとティッシュを持っているもののゴキブリが入っているようには見えない。
扉から離れていないからどこかに捨てに行ったということもないしどういうことだ?
「私は部屋で勉強するから邪魔しないでね」
「あ、ああ」
そう言ってそのまま二階に向かっていった。
……よく分からないけどまあいいか。
その日の陽菜はずっと部屋から出てこなかった。