「あの……?」
「ああ、すみません。少し昔を思い出しまして」
玄奘の声で我に返った観音菩薩は微笑んだ。
金蟬子は何度も転生を繰り返してきた。
それぞれの人生で、
人が人生で体験すると言われる四苦八苦を乗り越え、玄奘となった今回は十回目の人生だ。
今までの生では、天竺までの取経を任せるに値しないと釈迦如来は首を振りその度に彼を転生させてきた。
そして今回ようやく、師僧に代わり法会を成功させたことで、釈迦如来は玄奘を取経の旅に出させるということを判断したのだ。
「お膳立てはこの
唐に届いた教えはやがて海を超え、その向こうの外国にまで届くだろう。
「天竺……」
玄奘は、憧れの地の名を目を輝かせて何度もつぶやいている。
そんなふうに浮かれる玄奘に、観音菩薩は厳しい視線を向けて言う。
「期待しているところ申し訳ありませんが、天竺までの道のりは
「妖怪……」
一瞬だけ怯えるように瞳を揺らした玄奘だったが、すぐにやる気に満ちた光をそこに宿した。
「険しい道など覚悟の上です!私は必ずや経典を唐に持ち帰って見せます!」
「期待していますよ。そうそう、あなたには
言葉を途中で切った観音菩薩に玄奘は首を傾げた。
「とにかく、馬など必要なものはこちらで
「あ、あの!」
「どうしました?」
観音菩薩の言葉を遮って、玄奘は声を張り上げた。
「わ、私が馮雪という者だった時、天将の方と知り合ったのですが、観音菩薩様はご存知ですか?」
「どのような方ですか?」
「ええと、たしか……髪は燃えるように赤くて……」
玄奘は夢で見た、前世に交友を深めた天将の
(さてどう答えたものか)
「私はその方を
観音菩薩はその天将が
だが今はそれを
「すみません、この
「あっ、いえ、いいんです、大丈夫です」
良いと言いながらも玄奘はがっかりした顔で
「ただ最近夢でよくみるので、何かご存知かと……」
シュンとする玄奘を見て、観音菩薩は「おやおや」と息を
(ああ、そんな感情が出やすいところも
「大丈夫ですよ。
「観音菩薩様……」
「天竺までの道のりは遠く、長いです。あなたが夢にまで見るくらいです。
観音菩薩が玄奘に言えるのはここまでだ。
「沙和尚に、また……会える」
本当に会えるかどうかもわからないのに、玄奘の視線はもう会えることが確定しているのを知っているかのように強い。
「では私はそろそろ。金蟬子……いえ玄奘、この
「ありがとうございます」
「では、師兄はあなたの
だんだんと観音菩薩の姿は薄くなっていき、消えてしまった。
玄奘は
「天竺か……」
玄奘の瞳は期待が抑えきれないようで、キラキラと輝いていた。