「お師さま!おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「どうでしたか?大切な大切な
「どうって……そうですね」
「あらぁ、とても楽しかったみたいですね〜!よかったですぅ」
言葉に出さずとも表情に出ていたのか、恵岸行者がからかうように言う。
「恵岸?」
少し
「自分にぃ?その弟弟子くんの
けれどもその横を向いた頬は少し
「恵岸」
恵岸行者の態度に、ああなるほど、と思い至った観音菩薩は申し訳なく思いながら声をかけた。
「なんですっ?」
「あなた、ヤキモチを
「ヤ、ヤキモチなんて自分は妬かないですよ!食べられもしないのに」
そう言って、恵岸は持っていた九環の
「おやおや……ふふ」
ご
そして錫杖を乱暴に振る恵岸行者の手を止め、観音菩薩に不機嫌な視線を向けてくる恵岸行者を真っ直ぐに見つめた。
「金蟬子は私の
恵岸行者の兄弟は多い。
末の妹の貞永娘娘は今はまだ七つだ。
「それはわかっていますが……自分、なんだかモヤモヤしてしまったのですよ」
修行が足りません、と恵岸は落ち込んで言った。
「私の
「お、お師さまが謝ることではないですよ!こんなに感情に振り回されるのは自分の修行不足ですから」
しゅんとする観音菩薩に恵岸行者は慌てて言う。
有能な、と言う言葉で恵岸行者の機嫌もだいぶ上向いてきたようだ。
「それではもう
「仕方ないですね!この恵岸、お師さまとお師さまの
「頼もしいです」
にこやかに言う観音菩薩に、恵岸行者はふふふと笑い、ボロ切れを
「でもこんな姿でいいんですか?ちゃんとした身なりの方が……」
「これは選別のためです。唐の皇帝たるものが、ちゃんとこの
自分もまた恵岸行者と同じようなボロボロの格好に変化して観音菩薩は笑う。
「そうなんですね。それじゃあちゃっちゃとやりましょう!」
「そう、すべては釈迦如来様のため、
「お師さまー!はやくきてくださーい!」
観音菩薩の呟いた声は、先を行く恵岸行者には聞こえていないようだった。
「はいはい、今行きますよ」
そして数日の後、観音菩薩が言った通りに玄奘は唐の皇帝太宗から呼び出され、
「とうとうですね、お師さま」
太宗がつけたお供を引き連れ、白馬に乗った玄奘一行を雲の上から眺めて恵岸行者が言う。
「ええ、釈迦如来さまの……いえ、我々の悲願が叶う時が今、はじまったのです」
馬上の玄奘は重要な役目に緊張しているようだが、その瞳は自信と天竺への期待に
「でもお師さま、あんな普通の馬じゃ天竺まで無理ですよね」
「蛇盤山までなら余裕でしょう。そこで
その山にはいつか
「玉龍、ちゃんとおぼえていますかね」
「さあ……とにかく今は玄奘の旅の平安を祈りましょう……」
観音菩薩に倣い、恵岸も手を合わせる。
玄奘の険しい旅は今始まったのだ。