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第22話 捲簾大将の秘蔵っ子

 哪吒太子が外した金の腕輪は大きくなり、円形の鋭い刃になる。


 乾坤圏けんこんけんだ。


ばく!」


 そして哪吒太子は腰に巻いていた混天綾こんてんりょうを投げ、動きの素早い貞永娘娘の動きを封じた。


「むぐっ!」


 貞永娘娘は身をよじり拘束こうそくから逃れようとするが、全くびくともしない。


貞貞ていちゃん!」


 托塔李天王が混天綾を外そうとする。


「くらえクソ親父ィイイイ!」


 哪吒太子は向かってきた玲瓏塔を蹴りで叩き落とし、貞永娘娘を助けようとする托塔李天王の隙をついて乾坤圏を投げた。


「その程度で不意をつけると思ったか!甘いわ!」


 托塔李天王は混天陵を解く手を止め、三叉矛を構えて飛んできた乾坤圏を弾く。


 弾かれた乾坤圏を取り、風火輪ふうかりんで素早く近づいた哪吒太子は、今度は自ら托塔李天王に飛びかかった。


 三叉矛と乾坤圏。


 激しくぶつかり合う音が蓮花宮に響き渡る。


 美しい庭園の各所は土がえぐられ、またたに見るも無惨むざんになっていく。


「ああ、あなたたち、そこの少し伸びた草、ついでに刈っておいてくださいな〜」


 吉祥仙女はそんなこと気にしないようで、まるで庭の手入れの作業のひとつかのように、托塔李天王と哪吒太子に指示を出す。


「それで、青鸞殿。こちらでの暮らしにはそろそろ慣れましたか?」


 庭園の様子に唖然としている青鸞童子に、吉祥仙女が話しかける。


「えと……」


「ふふ、騒がしいでしょう?」


「あ、あの……」


 にこやかに話す彼女に何度返せばいいのかわからない青鸞童子はしどろもどろに目を泳がせた。


「あの人たちは皆不器用なのです。あなたを案じて、気晴らしになればとあのように」


 それは青鸞童子も理解していた。


 ありがたいことだが、托塔李天王一家と青鸞童子では戦闘力の差があり過ぎて、あの中に入るタイミングさえ掴めずにいる。


(悔しいな……)


 青鸞童子は錐(すい)の柄(え)をギュッと握った。


 捲簾大将に鍛錬をつけてもらっていたとはいえ実践経験がない青鸞童子だが、激しいぶつかり合いを繰り返すあの中に入ることさえ気後れしてしまう。


「まずは飛び込んでみることです」


 吉祥仙女の言葉に、緊張からかごくりと青鸞童子は生唾なまつばを飲み込んだ。


 あの目にも見えない打ち合いをしている中に飛び込むなんて、はたしてできるだろうか。


「青鸞殿、あなたも強くならなくては。あなたは玉皇大帝の近衛このえの長、捲簾大将の子なのですよ。秘めてるものはあなたが思うより大きいはずです」


 青鸞童子は武器を握る手をじっと見た。


「捲簾大将の教えを思い出してごらんなさい」


「はい……っ!」


 考えてみれば、悪鬼あっき仏敵ぶってきを倒すため各地へ飛び回る多忙な托塔李天王と手合わせできる機会などそうそうない。


 これは好機なのだ。


 青鸞童子は一歩前に出た。


 正直言って膝が震える。


 先程の少し情けない托塔李天王の様子からは想像もつかないほど、その鬼気迫る様子に、自分はついていけるかも自信がない。


 でも。


 青鸞童子は錐の柄を握り直した。


 ずしりとした感触が青鸞童子に決意をと力を与える。


「吉祥仙女様、今度またお料理教えてくださいますか?」


 見上げると優しく微笑む吉祥仙女は何故か首を振る。


「いやですわ青鸞殿。私のことは吉祥きっしょう媽媽ママと呼ぶようにお願いしたではありませんか」


「き、吉祥媽媽……それであの……」


「ええ、もちろん。そうね、山楂サンザシフキを使ったお菓子も作りましょうね。甘いものは疲れをいやしてくれるわ。それから旬のものをふんだんに使ったあれやこれや……捲簾大将には大切なお役目があるのですから、精をつけていただかないと」


「はい。僕もいつか義父様の……」


ーーーっ!」


 その時、貞永娘娘が気合いの声をあげて混天綾の拘束を破った。


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