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第35話 觔斗雲に乗って

「よし、とにかくまずは俺様の武器を取りに行かねえと」


「武器?」 


玄奘が聞き返すと、孫悟空はうなずいた。


如意にょい金箍棒きんこぼうって言って、俺様の意思に応じて伸び縮みする便利な棒ですよ」


「それはどちらに?」


「俺様の故郷、花果山かかざんです。あそこには俺様と同じく不死身になった部下が数匹いるんで、そいつらに預けてあるんです」


 釈迦如来に閉じ込められた時に武具一式を取り上げられ、それならばと花果山の猿たちに預けてもらうよう頼んだのだ。


「流石の俺でも丸腰で妖怪どもと戦うなんてことはできないんでね。申し訳ないですが寄り道させてください」


「わかりました。では後ほど合流、ということですね」


 ニコニコとして言う玄奘の言葉に、孫悟空はきょとんとした。


「何を言っているんです、お師匠さまを一人にしておけませんよ。こい、觔斗雲きんとうん!」


 孫悟空が指笛で呼ぶと、ふわふわとした雲がやってきて、孫悟空は宙返りをしてそれに乗った。


「お師匠様、お手を」


「手?」


 孫悟空から差し出された手に玄奘は反射的に自分の手を乗せた。


 孫悟空はそれを引いて、玄奘を自分の前に座らせる。


 その乗り心地は、綿の上に座っているような、暖かくてふわふわした感じだ。


 落ちないのが不思議なほど柔らかい。


「それじゃあ行きますよ」


「え?え?」


 どういう仕組みかをかんがえている間に、觔斗雲はふわふわと高度をあげていく。


 遠くなっていく山の風景に、玄奘は驚きキョロキョロするばかり。


「それじゃあしっかりつかまっていてくださいね!」


(つかまるってどこに?!)


 と玄奘が言うか言わないか。


「行くぞ、觔斗雲!久々に飛ばすぜ!」


「ヒッ……!!!!!!」


 ものすごい速さで觔斗雲は空を駆け抜けていく。


「あわわわわわわ……」


「お師匠様口閉じて!」


 風圧で目は閉じられず、空気が入ってほおが膨らみ、口も閉じられない。


「お師匠様、すごい顔になっていますよ……ほら、閉じてください」


 風に膨らむそれは思わず笑いそうになってしまう顔のはずなのに、あまりにも酷くて孫悟空は申し訳なく思った。


「すみません、目も口も閉じるように言うべきでしたね……」


 石猿の孫悟空と、ただの人間の玄奘では頑丈さが違う。


 それを失念していたと、孫悟空が玄奘の顔の前に身をかがめて手をかざした。


 正面からぶつかってくる風が遮られ、玄奘はようやく口を閉じることができた。


「お師匠様、すこし前かがみになるといいかもです」


(わ、わかりました)


 声を出せないので玄奘はこくこくと頷いて同意を示した。


 言われた通りにすると、少しは周りの風景を楽しむ余裕が出てきそう……と思ったのだが。


 流れるように過ぎていく景色に、何があるのかさっぱり分からず、玄奘は目を守るために目を閉じたのだった。


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