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第37話 花果山の猿たち

 玄奘は孫悟空に支えられ、近くの岩に座らされた。


「ああ、觔斗雲の猛スピードに酔われたのですね。おいたわしい……さあこれを」


 そういうと、顕聖二郎真君は懐から巾着を取り出し、玄奘に丸薬がんやくを手渡そうとした。


「おいお前、お師匠様に変なもん渡すなよな」


 玄奘がそれを受け取る前に、孫悟空がその丸薬を取り上げて匂いを嗅ぎ、オエッとえづいて顕聖二郎真君に投げ返す。


「変なもんとは心外だな。オレが直々に調合した効き目抜群の仙薬せんやくに決まっているだろう」


「あと何度も聞くけど、なんでお前がここにいるんだよ」


「封印が解けたら石猿ちゃんはここに来るだろ?……また暴れたら大変だから、監視だよ監視」


「監視だと……?」


 顕聖二郎真君の言葉に、孫悟空は怒りを抑えて眉間に皺を寄せた。


「悟空は私の弟子になり二度と暴れないと私と約束しました。だから、ご心配には及びませんよ」


その時、玄奘は青い顔でよろけながらも孫悟空を庇うように彼の前に立って言った。


「お師匠様……」


 感動する孫悟空とは対照的に、顕聖二郎真君は胡散臭いものを見るような目を一瞬だけしたが、すぐにそれを隠すように笑顔を作った。


「石猿ちゃんが人間に弟子入りね……本気?」


「だったらなんだよ。そんなことより川の仕事はどうしたよ。まさかまた鍾馗しょうきのじっちゃんに丸投げしてるんじゃねえだろうな」


「丸投げだなんて。元々あれはじいや一人で十分なんだよ。悪い物は彼が全部追い返すし、彼に勝てるのはオレを除いておそらく……君か伯父上おじうえくらいだからね」


美猴王びこうおうさま!」


「美猴王様だ!」


「美猴王様がお帰りになった!」


 そこへ花果山の猿たちが嬉しそうにキイキイ鳴きながら群がってきた。


 猿たちは孫悟空を囲むと一斉に頭を下げた。


 まるで朝廷で皇帝に頭を下げる官吏たちのように。


「美猴王様、ご無事の帰還、なによりにございます」


 周りの猿よりも一回り大きい黒い猿が言う。


「ああ、俺様が留守の間、花果山をよく守ってくれた」


「美猴王様、装備品の数々はこちらにあります。こちらへ」


白毛の猿が進み出て言った。


「お師匠様、ちょっと行ってきます。すぐ戻るんで。二郎真君、お前お師匠様に余計なことすんなよ」


「えー、どうしよっかなー」


「絶対だからな!もしお師匠様に何かしたら絶対許さないし、ボッコボコのギッタンギッタンにしてやるからな!」


 ニヤニヤする顕聖二郎真君に、孫悟空は怒鳴る。


「悟空、乱暴な事を言うのも、やるのもしないと約束したでしょう」


 とたんに、孫悟空は玄奘に叱られしゅんとする。


 玄奘は時々振り返る孫悟空に手を振り見送ると、ふと突き刺すような視線を感じた。


 その視線を辿ると、出所は顕聖二郎真君。 


 美形は猿にもモテるらしい。


 彼はメスの猿たちに毛繕いされたり登られたりと囲まれながら、その三つの目でジッと玄奘を見ている。


 その視線に気づいた玄奘は、得体の知れないものを感じ、ゾッと肩を振るわせた。


 だが顕聖二郎真君は玄奘と目があったのに気づくと、すぐに微笑んだ。


「石猿ちゃんのお師匠様、色々お話聞かせてもらいたいんですけど、いいですか?」


 猿たちに上られながら言う顕聖二郎真君はにこやかだがその目は笑っていない。


 その声音から察するに、玄奘の返す答えは一つしか許されないようだ。


「いいですよ」


 顕聖二郎真君から敵意を向けられる意味がわからなくて、玄奘は警戒しつつも笑顔で応じることにした。


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