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第38話 顕聖二郎真君の善意

 孫悟空は部下の猿たちに案内され、岩山を削って作った一室に入った。


 五百年も経っていると、花果山の住処の配置もあちこち変わっている。


「こちらが宝物庫にございます」


 白毛の猿が扉を開く。


 そこには多くの宝とともに、孫悟空のかつての武具一式が保管されている。


歩雲履ほうんり黄金甲おうごんこう紫金冠しこんかん、そして、如意金箍棒にょいきんこぼう


 孫悟空はそれらを身につけると、後ろで控える四匹の猿に向き直った。


柘榴ざくろ木通あけび梅桃ゆすら紅天狗べにてんぐ。俺様が留守の間よく山をまとめてくれたな。改めて感謝する」


「とんでもございません。この山が無事だったのは顕聖二郎真君のおかげです」


「ええ、顕聖二郎真君がいてくださったおかげで、この通りです」


「あの二郎真君が?」


 口々に猿たちが言うので、孫悟空は驚いた。


「あのお方はあなた様のお帰りまでこの山を守ってくださっていたのです」


「何?」


 猿たちの報告が予想外だった孫悟空は、怪訝けげんそうに聞き返した。


「我々は不死を返上し、長寿になったとはいえ元はただの猿です。今はおいぼれて昔のように動けませぬ」


 柘榴たちはその昔、妖怪軍団を結成して孫悟空と共に玉皇大帝率いる天界軍と戦っていた。


 だが孫悟空が捕らえられてから、共に戦っていた柘榴たちは玉皇大帝に不死を返し、ただの猿としてなら生きていく事を許されたのだ。


「……そうか、二郎真君が……」


 それきり孫悟空はどこか思うところがあるようで、黙々と身支度を再開したのだった。




 一方、玄奘は猿まみれの顕聖二郎真君と対峙していた。


「さて可愛い蝶々ちゃんたち、オレはこの人と話しがあるから、二人きりにしてくれないかな」


 顕聖二郎真君が言うと、彼に群がっていたメスの猿たちは素直に山のどこかへと去っていった。


「さて……」


「顕聖二郎真君……」


 猿たちを見送り振り向いた顕聖二郎真君と目があった玄奘は緊張した。


 何を言われるのだろうと、思わず身構える。


 どこかとげとげしい顕聖二郎真君の視線に、知らぬうちに粗相でもしたのかと、玄奘は自身の行動を思い返してみるが心当たりはなく、心の中で頭を抱えた。


 そんな玄奘の緊張を悟ったのか、顕聖二郎真君は笑顔を作った。


 ただし、相変わらずその目は笑っていないが。


「二郎真君でいいよ。オレの名前長いでしょう。そうだ、あなたのことは玄奘ちゃんって呼んでもいいかな?」


「え、ええ、どうぞ……」


 顕聖二郎真君に距離を詰めて訊かれた玄奘は面食らいながら頷いた。


 いなはない、と言う言外の圧力に、玄奘は困惑した。


 法会ほうえを師僧の代わりに行うため抜擢された時に周囲から向けられた嫉妬と同じ感覚があるが、顕聖二郎真君が自分に嫉妬する理由も思いつかない。


 玄奘の返答に顕聖二郎真君は満足げに「ありがとう」と言って話を切り替えるように手を打った。


「それで、早速質問があるんだけど、玄奘ちゃんはどうやって石猿ちゃんのお師匠さんになったの?」


「どうやって、とは……?」


「あの乱暴な石猿ちゃんが他人の──それも、人間のいうことを素直に聞くとは思えないんだけど……」


 訝しがる顕聖二郎真君の言葉に、玄奘は素直に答えた。


「観音菩薩様からの命令です。封印を解く代わりに私の天竺への旅のお供をするように、と」


 玄奘がそう言うと、それまで厳しかった顕聖二郎真君の視線が一気に柔らかくなった。


「観音菩薩の命令……なーんだ、そっか!うんうん、観音菩薩の命令なら仕方ないよね、うん」

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