顕聖二郎真君は、笑顔で言いながらも不審に思っていた。
目の前の、このどう見ても細くて弱そうな玄奘に、崑崙をめちゃくちゃにした乱暴者が観音菩薩の言いつけだからと素直に従うとはどうしても信じられなかった。
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孫悟空の封印を解くのが釈迦如来と観音菩薩の一存で決められたのなら、伯父(おじ)の玉皇大帝はどう思うだろう。
また怒り狂って討伐令を出すかもしれないし、その前に玄奘が孫悟空を御しきれず、再び同じような戦いが起きないとも限らない。
だが玄奘に怒られてしゅんとなる孫悟空や、玄奘の言いつけを素直に聞く孫悟空は、顕聖二郎真君が見てきた五百年前の中では一度もなかった。
あの頃の孫悟空は、上からの注意や叱責には反発して大暴れをしていた。
(観音菩薩の命令に従ってるだけとは言え、一体何者なんだ、この男は……)
観音菩薩からの命令を受けるなんて、並の坊主ではないことは確かだろう。
だが人にしてはまだ成人したばかりにもみえる年恰好。
正直、気に入らなかった。
あんなに苦労して追い詰めやっとのことで封印したのに、この弱そうな男にそれを破られたことが。
(観音菩薩はどうしてこんな若い僧に封印を……とにかく、少し探ってみるか……)
「隣、座っても?」
「は、はい……」
顕聖二郎真君は玄奘の隣にある岩に腰掛けた。
主人を追って側へきた哮天犬が、顕聖二郎真君の足元で尻尾を追いかけくるくると回る。
「でも……大変なんじゃない?石猿ちゃんと旅だなんて」
「お気遣いありがとうございます。そうですね、まだ私と孫悟空は出会ったばかり。ぶつかることもきっとこの先たくさんあるでしょう」
封印も先刻解いたばかりだと聞き、顕聖二郎真君は驚いた。
(出会ったばかりであれだけ言うことを聞くものか?)
「な、なんだ、じゃあ玄奘ちゃんは石猿ちゃんのことなーんにも知らないんだ」
少し狼狽えながらも、顕聖二郎真君は言葉を続けた。
「オレは知ってるよ。あいつが危険な妖怪だってこと。なんたって、五百年前の天界戦争で石猿ちゃんを封印まで追い詰めたのはこのオレだし」
そして顕聖二郎真君は語り始めた。
伯父率いる天帝軍と孫悟空率いる妖魔軍の戦いに招集され、孫悟空と三百合も打ち合い決着がつかなかったこと。
武力では勝てないと雀に変化して逃げ出した孫悟空を、顕聖二郎真君は鷹に変化して追いかけ、その後も様々な変化で対決して追い詰めたこと。
「そんなことがあったのですね」
戦いの規模が大きすぎて全く想像が追いつかない玄奘は、当たり障りのない返答をすることしかできない。
「ね、そんな凶暴な石猿ちゃんを、言っちゃ悪いんだけど、玄奘ちゃんが抑え切れるとはオレには思えないんだよね」
「それは……」
孫悟空には気まぐれなところがある。
いつ心変わりをして玄奘を裏切るかもわからない。
「そうだ、オレが玄奘ちゃんに変化して代わりに天竺に行ってあげるよ!」
変化は得意だし、なにより玄奘に孫悟空を任せるよりも安心だ。