だが顕聖二郎真君の申し出を玄奘は首を振って断った。
「なんで?玄奘ちゃんは危険な旅にわざわざ出なくてもいいんだよ?道中には妖怪や盗賊だっている。命を落とすことだって……!」
「これは私が釈迦如来様と観音菩薩様から託された旅ですから。私が行かなくてはならないのです」
キッパリと言う玄奘の視線は意志の強さを表してか力強い。
「じゃあさ、今からオレが天竺までひとっ飛びで連れて行くよ。石猿ちゃんの觔斗雲ほどの速さはないけれど、地上を徒歩で行くよりも無事に辿り着けるよ」
それならすぐ旅は終わるし、孫悟空もまたすぐ封印できる。
「いいえ、この旅は私自身の足で行かなければならないのです。申し出はありがたいですが……」
「でも……」
「悟空なら大丈夫ですよ。彼は信用できます」
まだ出会ったばかりなのにそんなにハッキリと言い切れるものなのかと顕聖二郎真君は訝しがった。
「……じゃあ、もしもだけどさ、石猿ちゃんが玄奘ちゃんを裏切ったら?」
どうするの、との顕聖二郎真君の問いに、玄奘は困った顔をした。
孫悟空が自分を裏切る可能性だなんて全く考えたことがなかった玄奘は、それほどまでに孫悟空は信用ならないのか悲しくなった。
だが天界で起きた戦いの話を聞いたあとでは、それもしかたないのかもしれない、と思い、少し間を空けてから答えた。
「それは……それは私が師として至らなかったからでしょう。そうなったら私はこの命を賭けて、孫悟空を止めましょう。でも、そうならないように孫悟空とは信頼関係を築いていきたいものです」
「そんな呑気な……」
笑顔で言う玄奘に、顕聖二郎真君は呆れてしまった。
「困るよ……またあんな戦争が起きたら……」
いや、あの頃の孫悟空のことを知らないからこそ、玄奘は楽天的に考えてしまうのかもしれない。
「ねえ玄奘ちゃ……」
「おい、何の話をしてるんだ?」
なんとか玄奘を説得しようとする顕聖二郎真君だったが、そこへ身支度を終えた孫悟空が戻ってきた。
封印される前に戦った時と同じその格好に、顕聖二郎真君の心はざわついた。
(おや……?)
だが同時に五百年前とは違う、どこか険の取れた孫悟空の雰囲気にも気づいた。
「
そう言うと孫悟空はいきなり顕聖二郎真君に対して頭を下げた。
「感謝する。子分たちと山を守ってくれて。おかげで俺はこうして故郷に戻ることができた」
温泉や木々の実りなど、活火山でもある花果山は恵まれた環境。
ここをねぐらにしようとねらう妖怪たちも多い場所だ。
不死を返上した老齢の猿たちに守り切れる場所ではない。
「そんな、別にオレは守っていたとかじゃ……」
孫悟空に頭を下げられて顕聖二郎真君は混乱した。
妖怪たちを何度か撃退をしたことはあるけれど、決して孫悟空のためではない。
「オレはただ、太上老君に、石猿ちゃんが封印を解いて復活したら花果山に武器を取りに来るだろうから注意していろといわれて……」
「でもお前なら
「あ……っ」
確かに孫悟空の言う通りだった。