「お師匠様っ!!」
孫悟空の悲鳴が花果山の空に響いた。
ガキィン!
硬い音がして、強い光に三尖両刃刀が弾かれる。
光っているのは玄奘が纏う
そこに刺繍された唐草模様から、光る蔦が伸びて顕聖二郎真君の武器に絡まっていく。
「くっ、うごか……ないっ!」
顕聖二郎真君はなんとか武器を取り返そうとするが、それはびくともしない。
そうこうしているうちに光る蔦はさらに伸び、顕聖二郎真君の体をもがんじがらめにした。
「は、離せ……っ!」
もがく顕聖二郎真君の体から一層濃いモヤが立ち込める。
玄奘は気を落ち着かせるため深呼吸して赤黒いモヤを睨みつけた。
(これがおそらく、顕聖二郎真君をおかしくしている元凶ですね)
玄奘はそのモヤから視線を外さずに法衣の袖の中で印を組んだ。
「……唵……尾盧左曩……鉢納麽……鉢囉韈……吽……」
玄奘は光明真言をつぶやくように唱える。
何度も何度もそれを唱えるうちに、顕聖二郎真君を縛る蔦の光はどんどん強くなっていく。
その光に触れると、赤黒いモヤはジュッと音を立てて、まるで水が蒸発する時のように消えていった。
「なんだ、これは……うぅ、うああああっ!」
「お師匠様、お師匠様、一体何をしているんです?」
戸惑う顕聖二郎真君の声はやがて苦しみに
(私は一介の坊主……私には経を読むことしかできません……)
「……呪詛諸毒薬……所欲害身者……念彼観音力……」
だが玄奘は孫悟空には返事をせず、経を続けた。
(このモヤを消すことができれば、きっと、元に……!)
玄奘はひたすら唱え続けた。
「この匂い……お師匠様から?」
孫悟空は香りの出どころに首を傾げた。
線香もたいていないのになぜこんなにも濃い香りがたちこめるのだろう。
ふわりと周りに立ち込める沈香の匂いに、興奮していた顕聖二郎真君の心も次第に落ち着いて行く。
「……オレは……」
顕聖二郎真君の目はやがて正気を取り戻したようで、その目には柔らかな優しい光が宿っている。
それを見届け、玄奘は唱えるのをやめた。
すると、顕聖二郎真君に絡みついていた錦襴の袈裟から発生していた光る蔦も消える。
「もう、大丈夫……みたいですね」
ほっとして力が抜けたのか、玄奘はその場に膝をついた。
「お師匠様!」
「玄奘ちゃん!」
後ろから孫悟空が支えてくれ、地面に倒れ込むのは防がれる。
「顕聖二郎真君、大丈夫ですか?」
「玄奘ちゃん……ごめんね、オレを止めてくれてありがとう……!」
顕聖二郎真君は玄奘の手を握り、彼に深く感謝したのだった。