全てを見届け終えた観音菩薩は、
そしてその場にぐったりと倒れ込む。
こんなに肝を冷やしたのはいつ以来だっただろうか。
「……はぁ……もー……」
錦襴の袈裟の力と玄奘の力を確認できたのはよかったが、あまり無茶をされるとこちらの身が──いや心も保たない。
「しかし、人の世の事態はあまり良くないようですね……」
今度こそ天竺への旅を成功させなければと、観音菩薩は決意を新たにするのであった。
「──で、一体何がどうなったわけ?」
孫悟空が不機嫌な顔をして口を開いた。
「孫悟空も見たでしょう、あの赤黒いものを。あれが顕聖二郎真君の理性を妨害していたようです」
「二郎真君、お前、あのモヤモヤは何なんだ?」
孫悟空に聞かれ、顕聖二郎真君は首を振る。
彼にも全く心当たりがないのだ。
「さあ……オレにもよくわからない。呪いや怨念なんて神のオレには効かないし、……でも玄奘ちゃんが止めてなければ、石猿ちゃんも玄奘ちゃんも、今は生きていなかったのは確実だね」
「は?そんな物騒な……」
「石猿ちゃんと再会してからさ、なんだか異様なほど気分が昂っていて。自分でも変だとは思っていたんだけどとめられなくて」
顕聖二郎真君は軽い口調で言うけれど、よほど怖かったのか青ざめた顔をしている。
「ごめんね、石猿ちゃん、玄奘ちゃん」
「無事だったから別にいいよ」
孫悟空もそのことに気づいているのか、項垂れながら謝る顕聖二郎真君を過度に責めることはなかった。
「それにしても玄奘ちゃんはすごいね。あんな術が使えるなんて」
「いえ、そんな……私は無我夢中で」
玄奘自身も、自分があんなことをできるなんてと驚いていた。
「でも、お師匠様は無茶しないでください。怪我で済めばいいけど、人間は脆いからすぐ死ぬんですから」
「あなたは私の弟子ですから、師である私が守るのも当然です」
「……っ、でもそれじゃあお師匠様はいつ命を落とすかもしれないんで、何が起きても絶対俺様より前には出てはいけませんよ」
一瞬嬉しそうにほおを染めた孫悟空だったが、すぐに表情を引き締めて言い直した。
「でも私には経の力が……」
自分にも役立てる力が宿っているのだから使いたい、と玄奘は思っているのだが、孫悟空は厳しい顔をして首を振る。
「お師匠様が生きて天竺に行きたいのなら絶対に、です!」
「むぅううう……」
弟子からの念押しに納得がいかない玄奘は、返事の代わりにほおを膨らませて唸った。
「それなら玄奘ちゃんが戦うことがないように、石猿ちゃんはもう少し戦闘の勘を取り戻さないとね」
「わかってるよ!」
二人の様子を見かねたのか、顕聖二郎真君が言うと、拗ねたように孫悟空はそう言ってそっぽを向いた。
「じゃあ改めて一戦、仕切り直す……」
「坊っちゃま!」
顕聖二郎真君の言葉を遮る、突然響いた