声の主は
顔を覆うとげとげのヒゲはどれもこれもピンと上を向いている。
「じいや」
「じいや?」
顕聖二郎真君の言葉を孫悟空が反芻する。
顕聖二郎真君のじいやということは、この目の前の大男が以前話に出た、顕聖二郎真君の代わりに灌江口を守る
鍾馗はズカズカと足を踏み鳴らして近づき、顕聖二郎真君の前に仁王立ちをした。
「ようやく見つけましたぞ坊っちゃま!五百年もこんなところにおられたのですか!こんな猿山で一体何を考えておられるのです!あなたは尊くも灌江口の神なのですぞ!!」
唾を飛ばす勢いの大声に、顕聖二郎真君は耳を塞ぎながら顔をしかめた。
「相変わらずじいやはうるさいなあ。もう少し声を小さくしてくれないかい?」
「
「母上が?」
「はい。今日も廟で坊っちゃまの帰還をお待ちしております。瑤姫様がいらしてくれたので、このじいははるばるこの猿山まで坊っちゃまを探しに来ることができたのですぞ!」
「え、廟に母上来てるの……?逆に帰りたくなくなったんだけど……」
「何をおっしゃいますか!」
「いやー、鍾馗と母上の邪魔をするのもなあ」
鍾馗は顕聖二郎真君の母、瑤姫に思いを寄せているのは、周知のことだ。
本人は隠しているつもりなのだろうが、素直すぎるその性格では隠しきれていない。
鍾馗の身分違いの恋は、長い時を生きる神仙たちにとっては格好の暇つぶしのネタなのである。
鍾馗は顔を火鉢の炭のように赤くして怒鳴った。
「坊っちゃま!この鍾馗、ち、ちち誓ってそのようなことは、あ……あ、ありえませぬゆえ!それに
「え、太上老君も?……一体なんだろ。太上老君ならオレの場所がわかるだろうに、直接ここにくれば……」
「とにかく
ガミガミと雷のような声で怒鳴られ、顕聖二郎真君は「わかったわかった」と降参するときのような手振りをした。
「石猿ちゃん」
神鷹を巨大化させ、いざ出発と乗り込む直前、顕聖二郎真君は孫悟空に話しかけた。
「あ?」
顕聖二郎真君は手招きをして孫悟空を呼び寄せ、耳元に口を寄せた。
今から伝えることは孫悟空以外に聞かせるのは危険だと思ったからだ。
「気をつけた方がいいよ。玄奘ちゃんは普通の人間とは違う。あの子は妖怪たちに狙われやすいから、目を離したらダメだよ」
ヒソヒソと伝えられた言葉に孫悟空は首を傾げた。
孫悟空が玄奘を視線の端で伺うと、玄奘は鍾馗と何やら話し込んでいる。
「どういうことだ?」
「あの術を見ただろう。あの時香ってきた沈香の香り……彼の肉体と魂は、妖怪たちの力を増幅することのできる上等な“
「なんだって?」
「もう不老不死のオレたちには効かないけど、不老不死や力をつけたい妖怪たちをひきつける香を玄奘ちゃんは持っているんだ」
「……マジか」
「うん、玄奘ちゃんは気づいていないみたいだけどね……とにかく、気をつけてあげるんだよ」
「お、おお……わかった。教えてくれてありがとな、二郎真君」
孫悟空が礼を言うと顕聖二郎真君は目を丸くした。
「……ほんとに変わったね石猿ちゃん。旅の無事を祈っているよ」
感心したように顕聖二郎真君は微笑んでそういうと、巨大化した新鷹に乗り、鍾馗と共に自分の廟へと帰って行ったのだった。