空の彼方に消えた顕聖二郎真君を見送り、玄奘は隣に立つ孫悟空を見上げた。
「さて、私たちも五行山に戻りましょう。供の皆さんがまっていますから」
「えーと、俺思ったんですけど、このまま觔斗雲で天竺までひとっ飛びしちゃうってのはどうです?天竺までなんてすぐですよ」
孫悟空の提案に玄奘は一瞬驚いた顔をしてからクスクスと笑った。
「な、なんですか?」
何かおかしなことを言ったのかと孫悟空は慌てた。
「いえ、悟空が顕聖二郎真君と同じことをいうので……」
「ええ〜」
似た者同士ですね、と笑いながら玄奘がいうと、途端に孫悟空はしかめっ面になった。
そしてひとしきり笑った玄奘は深呼吸をして呼吸を落ち着かせると、目を閉じ手を合わせた。
「ありがたいですが、私も釈迦如来様がかつて歩んだ道を通り、人々の暮らしを見て、困っている方がいたら助けたい、力になりたいと思うのです」
時間はかかるかもしれないけれど、一歩ずつ歩み、人々の営みを感じたい。
人々の中で何が起きていて、何を求められているのか。
それは觔斗雲に乗って一飛びに天竺へ行ったらわからないことだ。
顕聖二郎真君から玉果のことを聞いた孫悟空は、天竺まで安全に玄奘をつれて行く方法を考えた上での提案だったのだが。
「それに、釈迦如来様が悟りを開いた菩提樹とか、見てみたいものがたくさんあるんですよ!いえ、もちろんこの旅は観光や遊びではないことはわかっています、ですが……」
目を輝かせながら立て板に水流すようにつらつらと理由を言う玄奘に、孫悟空は頭をかいた。
「なるほど、そう言うことですか」
「やはり僧として、その、ね!」
「お師匠様、弟子の俺にとりつくろわなくてもいいんですよ。正直に言ってください」
「ブッダの痕跡をめっちゃ見たいし歩きたいし唐に伝わる前に仏教が通ってきた各地の仏像とかの変化を調べたいし拝みたい」
「思ったより欲がすげえ……」
一気に本音をぶちまけた玄奘は赤面してコホンと咳払いをした。
「と、とにかくそう言うことなので、お気持ちはありがたいのですが、ちゃんと自分の足で進むのも修行なのですよ!それに……」
(いつかこの旅のどこかで沙和尚に会えるかもしれない……!)
玄奘がその先を言わずにいるものだから、孫悟空は首を傾げた。
「それに?」
先を促すように言うと、玄奘は確信のないことを言うのは憚られたので、笑顔で誤魔化した。
「道中の出会いにもきっと素敵なものがありますよ。有縁千里来相会、というでしょう?」
それを聞いた孫悟空は
(ははぁ、お師匠様、誰かお会いしたい方がおられるんだな)
顕聖二郎真君から玉果の話を聞いて、観音菩薩や釈迦如来が自分を彼の護衛につけたことに合点が行っていた。
それに、非力なくせに弟子を守るために身を挺する師を、出会って数時間しか経っていないが孫悟空は心から信頼していた。
(お師匠様は必ず俺が守る……!)
「わかりました。この悟空、お師匠様の一番弟子として、おそばを離れることなく天竺まで必ずお守りいたします」
孫悟空は大袈裟な身振りで恭しく玄奘の手を取り、それから決意を述べると深く深く頭を下げたのだった。