顕聖二郎真君は五百年ぶりの灌江廟にもどり、扉を開いた。
「ただいま戻りました」
そこには鍾馗の言った通り、母親の瑤姫と太上老君がお茶をしていた。
玉皇大帝の妹である母は、年齢不詳で相変わらず美しく、太上老君は趣味の幼い少年の格好をしている。
「太上老君さま、また幼な子の格好でうろついているんですか」
顕聖二郎真君は呆れて言う。
歳は千を悠に超えているのに、太上老君はなぜ幼子の姿をするのか顕聖二郎真君には疑問だった。
「なに、この格好で瑤姫といると色々得なのでなあ。若い母親とその息子だと思った人間たちから色々貰えるのだ」
そう言って、太上老君は菓子袋の中身を机上にじゃらりとだしてホクホク笑う。
中には干菓子の他に綺麗な石やおもちゃなどが詰まっている。
食べ物とそうでないものをいっしょくたにするのは、彼がきっと食物に執着しないからなのだろう。
「見よ、二郎真君。これなんぞ新たな
太上老君は丸い飴玉を光にすかすようにして顕聖二郎真君に見せる。
宝貝とは、仙人たちが作る便利な道具や武器のことである。
太上老君は宝貝作りが趣味で、さまざまなものを作っては神仙に譲ったり、友人でもある玉皇大帝に献上したりしている。
「それは飴ですよ。食べ物なので強度はないから宝貝には向かないと思いますけど」
顕聖二郎真君の言葉を受け、太上老君は飴玉を口に放り込みそのままガリガリと噛み砕いた。
「飴だと言うことはわかっておるわ!……む、これはかなり……甘いのだな……むむ」
甘いものは苦手なのか、太上老君はお茶を飲んでそれを流し込んだ。
「太上老君、うちの子に何か話があったのではなくて?」
瑤姫に促された太上老君はハッとした顔をして茶杯をおいた。
「そうじゃった。そういえばあの石ザルの封印を解くことになったそうじゃ」
「えっ?それはいつ決まったのです」
「たしか……あれを封印してすぐだったかの。天帝と釈迦如来とが相談して決まったそうじゃ。詳細はわしも知らぬが。じゃからもうあやつの動向を見張らずとも良いぞ」
(封印してすぐなんて、もう五百年も前じゃないか)
軽い調子で言う太上老君の言葉に、疲労感から顕聖二郎真君は倒れそうになった。
いくら天界と人間たちの住む下界の流れる時間が違うとはいえ、太上老君ならすぐ知らせる方法を持っていたはずなのに。
荒々しく刺々しい言葉が口をついて出ようとしたが、顕聖二郎真君はギリギリで踏みとどまりそれを飲み込んだ。
どうせ太上老君は宝貝開発に関係のないことは興味がないのだから。
きっと開発の方に夢中になって、顕聖二郎真君への連絡も後回しにされていただけだ。