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第49話 顕聖二郎真君、二人の無事を祈る

 少し寂しさを感じたが、それが太上老君という仙人だと知っている顕聖二郎真君は、渦巻く感情をため息をついてやり過ごした。


「なんでも、石ザルをなんとかとか言う僧の護衛につけるとかなんとか」


「なんとかばかりですね……」


「わしも順風耳でたまたま拾った話を聞いただけじゃから詳しくは知らぬのだがな」


 順風耳とは遠くのものをさも近くで聞けるような能力である。


「まあ太上老君たら、お兄様の会話を盗み聞きなさったの?」


「べ、別に盗み聞きしようとおもったわけではないぞ、瑤姫!宝貝開発をしていたらたまたま、たまたまな!」


 口元に手を当てて驚く瑤姫に、太上老君はあわててて言った。


「二郎真君にも伝えようと思ったのだがのう。お主、人界へ降りておったのだろう?」


 時の流れが違うのだから仕方ないだろう、と太上老君は悪びれもせずに言う。


「まあ、あなたも人界へ?やっぱり親子なのね〜!私は人界であなたのお父様と出会ったのよ。で、何かいい出会いはあって?」


 瑤姫は目を輝かせ、うっとりとしてかつての恋に想いを馳せながら言った。


 瑤姫は崑崙から物見遊山に降りた時、顕聖二郎真君の父親の楊氏と出会い、結ばれた。


 楊氏はもうこの世にはいないが、顕聖二郎真君と三聖公主の一男一女をもうけた。


「いえ、特には……」


 ただし、顕聖二郎真君がいたのは猿たちの楽園、花果山である。


 雌猿たちとの出会いならばあったが、と言うのは母には言わないでおくことにした顕聖二郎真君は言葉を濁して誤魔化した。


「今の下界は皇帝が変わり、人の世がひどく荒れておるようでのう。怨嗟や悲嘆など多くの気配がひしめいておる。その気配に煽られて、妖怪たちも制御が効かぬようじゃ。お主も似たような状況になったのではないか?」


「でもオレ、妖怪じゃないのに……」


「澱みの多い下界にいれば、妖怪だろうか仙人だろうが神だろうが少なからず影響を受けるものだ。そもそもお主はそう言った悲嘆的な気配にも気づいておらなんだろ」


「え、はあ、まあ……」


 猿しかいない場所にいたため、そう言うものとは縁がないはずだった。


「まあ数百年も人界におったら意図せずともそう言ったものがお主に蓄積したのかも知れんな」


「そう……ですか」


「そこで、釈迦如来が、その……なんとか言う僧に天竺の経典を持ち帰らせてなんかさせるらしいぞ」


 太上老君はあまり興味がないのか、彼の説明はフワッとしていて詳しいところもよくわからない。


 顕聖二郎真君はこれ以上聞いても無駄だと判断して話を変えることにした。


「あ、それで太上老君、実は……」


 顕聖二郎真君は花果山での出来事を話した。


 太上老君の言う、その釈迦如来が選び出したと思われる僧玄奘と出会ったこと。


 孫悟空との手合わせで自分が抑えられなくなったこと。


 そして暴走した自分を玄奘が玉果として止めたことを。


「ふむ、そのようなことが……興味深いことだ」


「玉果だなんて、その子も大変ね」


 茶杯を傾けながら瑤姫はため息をついた。


「たくさんの方たちから狙われる怖さは言いようもないわ」


「母上……」


「私は永遠を楊氏に捧げた身と言っても聞かないし……しつこくて嫌になるのよ」


 下界に降りる前、瑤姫はその美貌から多くの神仙に妻にと請われた。


 それは楊氏と死に別れてから現在進行形でもあるのだ。


 いや、独り身になったからこそ余計に増えているらしい。


 だから彼女は兄の友人であり、天界の第二位である太上老君と共に行動をするようにしている。


 太上老君の見た目は幼い少年だが、実力は折り紙つき。


 変人なのが玉にきずだが、興味のあることは宝貝開発だけで色恋は興味がないので瑤姫も居心地が良いのだろう。


「ましてやただの人が妖怪たちから狙われるだなんて……大丈夫なの、その子」


「それは心配いらんだろ」


「え?」


 太上老君の言葉に母と子は同時に聞き返した。


「護衛にはその石ザルのほかにも何名か選出されておるそうだ。まあわしは興味ないからよく聞いておらんかったがの。しかしその僧が玉果となれば話は別……もっとよく聞いておけばよかったわ」


 悔しそうに言って太上老君は飴玉をもう一つ頬張りその甘さに顔を顰めながら言った。


「あなたは選ばれていないのかしら」


「いえ、オレは、何も……」


「選出されたのは石ザルのような天界で問題を起こした者たちばかりのようじゃ。まあそれほどの奴らでなければ混沌とした下界を旅するのは難しいのだろうが」


 正直なところ、孫悟空が選ばれて自分が選ばれていないと言うのはモヤモヤするものがあるが。


「まあ二郎真君も、たまに手伝いに行けば良いのではないか?自分にできることをする。結局のところ、神仙も人もそれしかないからな」


 そんな顕聖二郎真君の気持ちを察してか、太上老君は言う。


「……そうですね」


 顕聖二郎真君は頷いて、窓の外を眺めた。


 思ったよりも困難な旅路の予感に、顕聖二郎真君は彼らの無事を祈らずにいられなかった。

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