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第106話  高翠蘭の危機

 商隊長は顔を上げて微笑んだ。


 だが高翠蘭の目にはニタリとした、不気味な笑い顔にしか見えなかった。


「ワタクシを覚えていらっしゃいまスカ?シャフリアルです」


「は……っ?」


 忘れるわけがない。


 他の西域の商隊の人たちとは全く違う、おぞましい気配をまとった彼のことは忘れたことがない。


 片言ながら烏斯蔵国の言葉を喋ってくれる紳士的な男性で、国のみんなからの印象も良いものなのだが、どうしても高翠蘭には彼を好ましいとは思えなかった。


「あなたハ、コウジュ殿からワタシのツマになってクレルときいていましたガ……このヒスイのユビワは……?」


「……っ!」


 シャフリアルが高翠蘭の左手に触れる寸前、高翠蘭はぐいと誰かに抱き寄せられた。


『オレの妻になにか用ですか?』


 流暢な西域の言葉が聞こえてきて、気がつくと高翠蘭は猪八戒の腕の中にいた。


 酔いが覚めた猪八戒が危機を察して来てくれたらしい。


 もうすっかり酔いはさめているようで、酒の匂いも全くしないし呂律も正常だ。


『妻……ああ、あなたが旦那さんですか。私は……』


 猪八戒の左手薬指にも高翠蘭と揃いの翡翠の指輪があるのに気づいたシャフリアルは、不満を隠そうともせず表情を怒りのこもったものに変えた。


『義父から聞いております。私たちはあなたを義父の客人として歓迎します。部屋の場所はわかりますか?』


 だがシャフリアルが何かを言う前に、猪八戒は矢継ぎ早にシャフリアルの故郷の言葉でそう言うと手を二拍叩いた。


 するとすぐに男性の使用人が三人ほど現れる。


「迷われたようだ。お客様をお部屋にご案内して上げて欲しい」


「わかりました」


 使用人たちはシャフリアルを囲むように立ち、彼を連れて行った。


 どれも体格のいい使用人だが、シャフリアルは体格も一回り彼らより大きく、目立つ。


 シャフリアルは何か言いたそうに何度か振り返っていたが、やがて姿が見えなくなった。


「すみませんお嬢様、遅くなって、オレ……」


 シャフリアルの姿が見えなくなったのを確認してから、猪八戒は高翠蘭から離れようとした。


「八戒さん!」


 しかし猪八戒の言葉を遮り、高翠蘭は猪八戒に抱きついた。


「怖かったです……すごく……!」


 だが猪八戒は震える高翠蘭を抱きしめる事はなく、自分から引き剥がした。


「お嬢様、オレとあなたは書類上の関係です。こう言う事は本当に心から思い合う人と出会うまで取っておかないと」


「八戒さん……」


 そう諭す猪八戒に、高翠蘭は悲しそうに俯いた。


「あっ、スイランさん大丈夫だったみたいだよ」


「なんだ?お取り込み中邪魔したか?」


 そこへ玉龍と孫悟空が息を切らしてやってきた。


 その後ろからは玄奘が「待ってください〜!」と追いかけてきている。


「なんだ、あんたたち……妖怪が何をしている」


 猪八戒は孫悟空たちが人でないことをすぐに見破り、高翠蘭の前に立ち彼女を背中で隠した。



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