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第107話 高翠蘭、猪八戒の誤解を解く

「待ってください!」


 そのまま戦闘体制に入りそうだった猪八戒を止めたのは高翠蘭だった。


 そして高翠蘭は玄奘たちの前に庇うように立つと猪八戒に言った。


「この方たちは私のお客様です。通りで酔い潰れたあなたを、ここまで運んでくださったのですよ!」


「えっ?!」


 高翠蘭の言葉に猪八戒はすぐに険しい顔をやめ、玄奘たちに謝罪した。


「見ず知らずのあなた方に手間をかけたとは……すまなかった!」


「そーそー!大変だったんだから!オジさんお酒くっさいし。でもそのままにしておくわけにはいかないから、わざわざ連れてきてあげたんだからね!」


 玉龍は猪八戒を運ぶのを嫌がっていたことなど忘れたかのように、ふんぞり返って言うと、猪八戒は苦い顔をして頭をかいた。


「でも……皆様はどうしてここに?」


「あんたの親父さんがペラペラ話してくれてね」


 孫悟空がいうと、高翠蘭は顔を青ざめさせた。


「ち、父がそちらへ?!申し訳ありません、不快な思いなどされたことでしょう……娘として謝罪します」


「いえ、大丈夫ですよ。それよりも高様の様子がおかしかったので、差し出がましいと思いましたが心配になって……でも、大丈夫だったみたいですね」


 高翠蘭の問いに玄奘が猪八戒をみて言うと、感極まったように高翠蘭は目尻を拭った。


 それを見て、彼女はよほど怖い思いをしたのだろうと感じ、玄奘は心を痛めた。


「ご心配をおかけして……ありがとうございます」


「あんたたち妖怪のクセに気がきくな。ああ、そっちの坊さんは人間なのか」


 玄奘たちを見た猪八戒は少し俯いて何かを考えはじめた。


 やがて顔を上げ、一人で納得したように頷くと口を開いた。


「とりあえずここでは何だから、オレの棲家の雲桟堂にいこう。あんたたちに話したいことがある」


「わかりました」


 軽い口調だが、有無を言わせない強さがあり、玄奘は頷いた。


 それは孫悟空と玉龍も同じだったようで、二人とも何も言わずに頷いた。


「八戒さん、私も──!」


「翠蘭お嬢様は自室に戻ってください。外に出ればまた奴がちょっかいをかけてくるかもしれませんからね」


「でも……怖いんです……同じ建物の中に居ると思うとどうしても……」


 高翠蘭は青ざめた顔で言う。


 高翠蘭はシャフリアル自身の動きよりも、父親の高紅樹がなにか企んでいそうで恐ろしかった。


 高翠蘭の客である玄奘たちに直談判しに行くくらいだ。


「大丈夫です。お義父様のことは高太公様にお願いしてきましたから。それに外よりこの中の方が安全ですよ。お嬢様のお部屋には結界も張りましたし、何かあればこの指輪が知らせてくれますから、すぐに戻りますよ」


「あっ、八戒さん……!」


 ね?と言って高翠蘭を納得させ、反論も聞かずに猪八戒は扉ではなく窓を開けた。


「じゃあお坊様方はオレと来てください」


 そういって夕暮れに染まりかけた街の中に窓から飛び出し、手招きをする。


「さあお坊様方もきてください」


「こ、ここからですか?!」


 予想外の出口に驚く玄奘に、猪八戒は人差し指を唇に当てて「静かに」、と言った。


「奴に気づかれないように、です。お行儀なんか気にしなくていいですから、早くお願いしますよ」


「えっ、でも……」


 寺から脱走する時は躊躇しなかったが、他所様のお宅で窓から出るなんて、と玄奘が戸惑っていると。


「お師匠様、失礼します」


 そんな玄奘を抱きかかえ、孫悟空が窓から飛び出した。


「よいしょっと!」


 玄奘の錫杖を抱えた玉龍もそれに続く。


「じゃあオレについてきてくださいね」


 部屋に残された高翠蘭を振り向きもせず、八戒は駆け出した。


「ねえオジさん、ちょっと冷たいんじゃない?スイランさんかわいそうだよ?」


「奴の目がどこにあるかわからないからな。まあ詳しくはオレの棲家に着いたら話すから」


 玉龍が声を潜めていうと、猪八戒は表情を変えずに走りながら答えた。



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