奥にあるその部屋は、一つの棚と机と椅子があるだけの簡素な場所で、孫悟空は棚のそばに立ち、玄奘と玉龍が席についた。
そして猪八戒がお茶を用意したところで、ルハードが話し始めた。
「ワタシ追ってるバケモノ、名前、“マルティヤ・クヴァーラ”いいマス」
「マル……うん?」
聞き慣れない化け物の名前に孫悟空と玉龍は首をかしげた。
天界でも四海でも聞いたことがない名前だ。
「マルティヤ・クヴァーラ。人を喰うバケモノで、特にビジンの女の人コウブツ。人の皮かぶって紛れ込んで、獲物に近づいて喰らうデス」
「ひ、人の皮をかぶる?!」
顔を青ざめさせ悲鳴を上げた玄奘に深刻な顔をして頷いて、ルハードは話を続ける。
「昔、ワタシの師匠ヤツに負けた。そして皮剥がれてイノチ奪われた。バケモノ、その後このウシゾー国来た。でもその時はマオさんとハッカイさんに追い払われた。デモいま、バケモノ、また獲物のところに来た」
「獲物……?」
「バケモノの獲物、ハッカイさんのオクさん」
「てことは、化け物って……!」
「そう、あんたたちもさっき会った、シャフリアルのことだ」
猪八戒の言葉に玄奘たちは言葉を失った。
「マルティヤ・クヴァーラ、しつこい。狙ったエモノ、絶対逃がさない」
「卯ニ姐とオレがトドメをさせたらよかったんだが、追い払うのが精一杯でな……」
「マオさん、ワタシのこと庇ってケガした。それが元でイノチ落とした……」
項垂れて言うルハードに猪八戒は首を振る。
『お前のせいじゃないって卯ニ姐も言ってただろ。終わったことだ。もう気にするな』
ルハードの国の言葉で猪八戒は励ます。
それから真剣な表情をして玄奘たちを見た。
「オレはこの機会を逃したくない」
「機会……?」
「バケモノ退治の機会だよ。今度こそ仕留める。卯ニ姐の仇、絶対に」
玉龍の疑問に猪八戒が拳を握って言う。
「なあ、あんたたちも手伝ってくれよ。バケモノ退治」
「ええ、もちろん──……」
「ダメだ」
孫悟空は二つ返事で了承しようとした玄奘を遮り、身を乗り出し玄奘の手を握る猪八戒の手をはずした。
「俺たちにはそんな暇はないし、お師匠様を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「悟空……?」
孫悟空は険しい目で猪八戒を睨んでいる。
一方で猪八戒は孫悟空に睨まれているが、大して気にしてもいないようで、孫悟空を見ている。
「で、でも倒さないと高様が危険な目に遭うのですよ!」
「ダメです。なんと言ってもダメです」
猪八戒から目を逸らさずに、孫悟空は言葉だけを玄奘に返す。
「なんで?!スイランさんを見捨てるの?!そんなのハクジョーだよ、悟空!」
「ダメだ!」
「な、何だよぅ、怒鳴るなよぅ……」
強い口調で言われた玉龍は涙目になって項垂れた。