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第219話  須菩提祖師、野暮用のため崑崙へ発つ

 能天気な須菩提祖師に、鎮元大仙は眉間に手を当ててため息をついた。


「まったく……」


 とんでもない試練だが、弟子たちが玄奘を慕う様子から、案外玄奘は彼らと上手く付き合えているようで鎮元大仙は安心した。


「もちろん、我々天竺のものも協力をしております。我が弟、観音菩薩を中心に玄奘を見守っております」


「浄玻璃の鏡で、か」


「はい」


 准胝観音の返答に、釈迦如来一派の本気を感じ取って鎮元大仙はため息をついて扇をたたんだ。


「あっ、ちなみに今の話は本人にはオフレコでよろしくネ!」


「オフレコ?なんだそれは。この時代にない珍妙な言葉を使うな」


「玄奘ちゃんには内緒ねってこと!」


 眉間に皺を寄せる鎮元大仙に、須菩提祖師は唇に人差し指を当てる仕草をして言った。


「わかったよ……というか、言えないだろう、こんな重たい試練など……」


 大きなため息をついてそう言うと、鎮元大仙は再び扇を開いてパタパタと仰いだ。


 下手をしたら心が折れ再起不能になりかねないほどの重みのある試練だ。


「よし、吾輩もなにか、金蟬子のためにできることがないかかんがえてみるとしよう」


 あの幼く小さな金蟬子の魂に課せられた試練の重さが大きく、あまりにも可哀想だと思った鎮元大仙はそう言って自室へと戻っていった。


「玄奘は大丈夫だろうか……」


「大丈夫、大丈夫。それに、ウチらが深刻になっても仕方ないし」


 准胝観音の呟きに、須菩提祖師がうんと伸びをして明るく言う。


「ウチらはウチらのできることをして、あの子たちを守っていこ」


「ああ、そうだな」


 准胝観音は須菩提祖師の頼もしい言葉に勇気づけられ、力強く頷いた。


「さて、と」


 須菩提祖師は指をパチンと鳴らして服装を道服へと変化させた。


「玄奘ちゃんが目覚めるまでしばらくかかるだろうし、宴まで時間があるでしょ。ちょっとウチは崑崙で野暮用済ませてくるよ」


「そんな格好をして一体何をしに行く気だ?」


 不安に思った准胝観音は須菩提祖師に尋ねた。


 いつもなら未来で手に入れた服を変えることなくあちこちへ飛んで行くのに、須菩提祖師は深い藍色の道服に身を包んでいる。


 須菩提祖師の道士の正装をみたのは、気が遠くなるくらい昔、何千年も前の話だ。


 しかも未来で手に入れたという装飾品は一切着けていない。


 可愛いモノが大好きな彼を知っている准胝観音からしたら、それは天地がひっくり返りそうなくらい驚くことだ。


「だって大切な衣装汚したくないし、アクセサリー壊されるのも嫌だし、ネイル取れるのも最悪だもん」


 須菩提祖師は手袋をはめた手をさすりながら言う。


「そんな大切なものを壊されるようなことをしに崑崙へ行くと言うのか……もしかして元始天尊様のところか?」 


 准胝観音の問いに須菩提祖師は目線を逸らして頭をかいた。


「行き先はゴソーゾーにお任せしまーす!ちょっと話を聞きに行くだけだから大丈夫、すぐ戻るよ」


「須菩提、妾も……」


「もし!」


「──っ!」


 須菩提祖師に遮られ、准胝観音は口をつぐんだ。


「もしウチが戻らなかったらテキトーにごまかしといてネ」


「なんだって?!」


「疾、雲来々!」


「あっ、おい須菩提!」


 須菩提祖師は片目を瞑り、觔斗雲を呼び出すとあっという間に空へと消えていった。


「全く……」


 自分も共に行こうと言う間も無く、姿を消した須菩提祖師に准胝観音はため息をついた。


 その頃、沙悟浄は静かな部屋で、眠る玄奘と孫悟空の傍にいた。


 二人とも疲労の色が濃くまだまだ目覚めそうにない。


 沙悟浄も断食と不眠の後だったが、不思議と頭が冴えていて眠気も空腹感も感じていなかった。


「俺は何をやっているんだ……」


 沙悟浄は悔しさに拳を握った。

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