人の身である玄奘は、どうしたって
師匠の無茶を止めるのも弟子の役目だと言うのに、それを止めることができずに玄奘を倒れさせてしまった。
「そんなに思い詰める必要はないぞ」
「准胝観音様」
そこへ現れた准胝観音は、沙悟浄の隣に座ると玄奘の額に触れた。
「まったく、転生しても無茶をするのは変わらないのだな」
「ええ、そうなんです。半ばで終えた過去世のどれもが、無茶をしたり正義感からくる行動の結果だったり……」
馮雪の時も、異民族の襲撃から逃げることなく祝言の席で最後を迎えていた。
おそらく花嫁を攫いに来たと思った馮雪は、彼女を守ろうとその場に残っていたのだろう。
彼女と異民族が手を組んでいたなんて想像もせずに。
「だから今世こそは、お師匠さまに天命を全うしてほしいんです」
「そうか……そうだな」
決意を込めた沙悟浄の言葉に、准胝観音は頷いた。
「妾も観音菩薩も、釈迦如来様もそう思っている。大丈夫だ。険しい道のりだが、妾たちも力を貸す。あまり思い詰めすぎるなよ」
「はい」
ポンポンと准胝観音に背中を叩かれ、沙悟浄は素直に頷いた。
その頃、須菩提祖師は崑崙の奥、元始天尊の住処に辿り着いていた。
「よし」
須菩提祖師は大きく深呼吸して、気合いを入れようと頬をパチンと叩いた。
それから道服の襟を引っ張り、觔斗雲に乗ってここに到着するまでの間、風で少し崩れた身なりを整えてから歩き始めた。
「やあ、須菩提ではないか。これは懐かしい。どうしたのだ急に」
重厚な扉を開くと、その奥には椅子に腰掛けた元始天尊がにこやかに声をかけてきた。
穏やかな声音の中に、ピリッとした緊張感が混ざっている。
「急?何言ってんの、全部見えてたんでしょ?その千里眼で」
須菩提祖師は、自分の額をトントンと叩いてから元始天尊の額を指差す。
元始天尊の額には第三の目があり、それは千里眼として世界の全てを見通すことができる。
「……」
元始天尊は、にこやかな表情のまま無言だ。
「ウチがここにくるのもお見通し……と言うよりアンタの計算通りかもね」
そう言って須菩提祖師は元始天尊に人参果のそばで拾った香皿を投げつけた。
元始天尊はそれを難なく片手で止めると、卓の上にそれを置いてため息をついた。
あたりには香皿からこぼれた灰が散らばっている。
「いきなりものを投げつけるな。危ないではないか」
「ごめーん、手が滑っちゃった」
悪びれる様子もなく、須菩提祖師は舌を出した。
「それ、虫除けの香だなんて言って、本当は妖怪の精神を興奮させる薬草も入れたでしょ」
「いや?ただの虫除けだぞ」
「へえ、しらばっくれるんだ。まあいいけど」
そう言って須菩提祖師は指をパチンと鳴らした。
すると、香皿に残っていた灰が薬草の形に戻った。
「ほう、こんなこともできるようになったのか。さすが須菩提だな」
感心して言う元始天尊に、須菩提祖師はにっこり微笑んで一枚一枚香の元になった生薬を手に取る。
「
どれも虫除けとして有名な草花ばかりだが、その中にひとつだけ見慣れない植物が混ざっていた。
人間界には無い、仙人界にのみ生息するものだ。