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第221話 怪しげな草と元始天尊の目的

 見慣れない植物の、その葉先はギザギザしていて三叉にわかれている。


 その深い緑色をした葉の裏は、表のとは対照的な毒々しいほどの明るい朱色だ。


「ああ、少し揉んだら匂いが薄荷に似ていたんでな、見た目も毒々しいから効果があると思って混ぜてみたんだよ」


 にっこりと笑って元始天尊がいう。


「嘘つき」


 だがそんな笑顔には騙されないぞと須菩提祖師がピシャリと言う。


「これは妖怪の凶暴性を増幅させる危険な薬草だよね。万物の根源たるアンタが知らないとは言わせないよ」


「……」


「否定しないんだ。ねえ、どうしてウチの子猿ちゃんにこれを使ったわけ?」


 千里眼を持つ元始天尊は、古今東西全てのことを見通すことができる。


 世界の出来事を見守っていると言えば聞こえは良いが、実際のところは世界の監視である。


「アンタはその千里眼と予知能力でこの先起こる出来事を、玄奘ちゃんたちが五荘観に行くことも元々知っていたんだ」


「そうだ。だからは鎮元に防虫香と言ってこれを鎮元に贈った」


「ウチの子猿ちゃんに人参果の木を切らせるためにね」


 須菩提祖師は笑顔で、しかし声に怒りを滲ませて元始天尊の言葉を補足した。


「ああ、なんだ、お前はがあの石猿を使ったことを怒っているのか?」


「そうだね。ウチの子猿ちゃんは果物が大好きだからね。あの子がレアな果物の木を切り倒すなんてウチには信じられないのよ」


「別に孫悟空を狙ったわけでは無い。妖怪ならば誰でもよかった。孫悟空に効果が出たのも偶然だ」


「偶然、ね」


「たまたま、あの中で一番苛立っていて香の効果が強く出たのが孫悟空というだけのことさ」


 クスクスと笑って元始天尊は言うが、その目は笑っていない。


「それであの木を切らせてどうしたかったの?ウチの子猿ちゃんは木を切り倒してすぐに正気に戻ったって聞いたよ」


 孫悟空を暴れさせて五荘観の庭をめちゃくちゃにさせたかったのではないのだろうか。


 元始天尊が何をしたかったのか、須菩提祖師には見当もつかない。


「孫悟空は普通の妖怪とは違うからな。すぐ正気に戻るとは思っていた。とにかくはこの香の効果を試したかったのだ。効き目がはっきりとわかったからな。今度はこれを人間界のあちこちに撒いて……」


 香炉を手のひらでくるくると転がしながら元始天尊が言う。


 人間界各地に棲む妖怪たちを暴れさせ、人間を根絶やしにしようと。


「は?それ本気で言ってるの?」


 淡々と計画を話す元始天尊に、須菩提祖師は言葉を失った。


「孫悟空はすぐに正気に戻ったが、他の妖怪たちならば効き目は持続するだろうよ」


「何を馬鹿なことを……本気なの?」


 須菩提祖師の問いかけに元始天尊は笑顔を消して無表情になった。


「なあ須菩提。釈迦如来をどう思う?」


「どうって……特に何も?」


 突然の質問に須菩提祖師は面食らう。


はな、アレが気に入らないんだよ」


「え……?」


 元始天尊の言葉に、周りの空気が冷え込んでいく。


 にこやかだが元始天尊から感じるのは、怒りと

嫌悪。


(本当に釈迦如来のことが……?)


 普段感情を露わにしない元始天尊から発せられる露骨とも言える感情に、須菩提祖師は緊張した。


「須菩提よ、人間なんぞ滅びたらいい。そう思ったことはないか?」


「えっ、どういうこと……何その冗談……さっきのことといい、いい加減笑えないんだけど」


 怪訝な顔をする須菩提祖師に、元始天尊は「わからぬか」と呟いた。


「人の世が人の手で滅びるというのならそれは自業自得。むしろ人がいない方が、下界はよっぽど平和になると思わぬか?」


「元始天尊……」


「釈迦如来は元は人だ。混沌から救いたいと言う気持ちはわからないでもないが、もう人という存在は世界にとって毒でしかないのだよ」


「ウチはそうは思わない」


 須菩提祖師はそれをすぐに否定し首を振った。


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