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第222話 須菩提祖師、瘴気に穢されし元始天尊を正気に戻すため奮戦する

 元始天尊は須菩提祖師の答えが意外だと言うふうに首を傾げた。


「なぜ?」


「元始天尊にも見えてるでしょう?未来の世界の姿を。人間たちはすばらしいよ。いろんな病気も治せるようになったし、便利な道具もたくさん作っている。人間だけじゃなく、植物や動物の怪我や病気も治療できるようになっている」


「そうだな。だが一方で自然は破壊されている。どんなに文明が進もうと、戦争をして多くの命を、大地を傷つけ失っているではないか」


「でも人間のみんながみんなそうじゃないよ。元始天尊、どうしてそんなことを」


「生み出したものとして、終わらせようと思ったのだ。芽は早く摘むに越したことはないからな」


 万物の根源である元始天尊の言葉は重い。


「じゃあさ、人間をいなくならせたとして妖怪たちはどうするの?妖怪たちも人間みたいに戦争するかもよ?ただでさえ争い事の多い奴らだし」


 妖怪の世界では力こそ全て。弱肉強食だ。


 人間を消したとしても妖怪が争い合えば同じこと。


 そうしたら次は妖怪を消し去るといいはじめるかもしれない。


 須菩提祖師の大事な弟子の孫悟空も。


「安心しろ。妖怪は妖怪だけの世界に移し、我々仙人は桃源郷に移り住み、下界はこのまま動植物たちの世界にする」


「元始天尊、どうして……」


 須菩提祖師にはわからなかった。


(元始天尊はこんなにも人間を憎むような者だったか?それに釈迦如来のことも……)


 須菩提祖師の記憶の限り、そんなことはなかった。


 人々の営みを愛おしげに見守り、釈迦如来に対して敵意をもっているところなど見たことがなかった。


はもう疲れたんだよ。人の世界の争いごとを見るのはもう、うんざりなんだ」


 元始天尊がため息をつきいたとき、彼の周りから溢れたのは黒いモヤだった。


「元始天尊、それ……!」


 須菩提祖師は言葉を失った。


 それは崑崙山の中で最も清浄な場所にあるはずのない瘴気だからだ。


「どうしてこんなところに瘴気が……」


 須菩提祖師が狼狽えている間に、清浄な場は瘴気の色に染まっていく。


 清浄の象徴である滝までもが、暗く澱んだ色に変わってしまった。


を止めたいのなら力ずくて来い。そのために、おまえはわざわざ道服を纏ってきたのだろう?」


 冷たい声に冷たい視線。


 気を抜けば一瞬で意識を持っていかれそうなほどのむせかえる瘴気。


 須菩提祖師は帯に佩いていた佛塵ふつじんを取り出した。


 見た目は普通のハタキだが、れっきとした道士の武器である。


「アンタが瘴気で正気を失っていることがわかって良かったよ。ウチがその瘴気を消してアンタを元に戻す!」


 須菩提祖師は佛塵の先を元始天尊に向け構えると、飛びかかった。


 それを、元始天尊は扇を出し迎え撃った。


 ガッ!と、硬いものがぶつかり合う鈍い音がして、遅れて衝撃波が広がる。


 それが当たって瘴気に染まった滝の水がしぶきをあげ床を濡らした。


 孫悟空の術の師である須菩提祖師は決して弱くない。


 その術の知識の多さから、万物の根源であり、崑崙最強と言われる元始天尊とも互角だろうと目されている。


「疾っ、豪雷招来ごうらいしょうらい!」


 須菩提祖師は札を取り出し宙に放った。


 札は雷に変化し、轟音と共に元始天尊目掛けて降り注ぐ。


 清浄の間は白煙に包まれ、互いの姿は見えないほどだ。


(手応えがない……まだだ……!)


 須菩提祖師は佛塵の柄を握り警戒心を一層強くした。


「そこか……!」


 しかし一瞬、須菩提祖師のほうが遅かった。


 彼が身を守るために佛塵を振った次の瞬間、ヌッと煙の間から元始天尊が姿を表し須菩提祖師を羽交い締めにしたのだ。

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