雷を浴びたはずの元始天尊は、所々煤けていながらもその損害はほとんどないようで、須菩提祖師を捉える腕はどんなにもがいても全く弛まない。
「ぐっ……!」
「こんなに早く決着がつくとはなぁ。少々残念だぞ須菩提」
元始天尊は耳元でささやき、須菩提祖師の首元に扇の先を突きつける。
そこは刃物になっていて、元始天尊がそれを少し動かせば容易に須菩提祖師の息の根は止められるだろう。
「
そう言って須菩提祖師は小さな虫に変化して元始天尊の腕から抜け出した。
「ま、ウチもアンタの期待に応えたいからね。負けないよ」
そして須菩提祖師は元の姿に戻ると、佛塵を振って片目を瞑った。
「ふん、せいぜい足掻いてみよ」
元始天尊が扇を振ると、背後の滝から水の槍が須菩提祖師めがけて突き出してきた。
長さも太さも変幻自在の水は、清浄の間を縦横無尽に駆け回る須菩提祖師を狙う。
須菩提祖師は佛塵でそれらをいなし、かわしながら反撃の機会を伺う。
裾の長い道服の羽織は槍に貫かれ穴が空いたり裾が破けたり、あっという間にボロボロになった。
(道服着てきてよかった。お気に入りのあっちの服がボロボロになるところだったよ……)
「何を考えておる、須菩提!」
「べっつにー!」
須菩提祖師はボロボロになった羽織を脱ぎ、元始天尊に投げつけた。
「縛!」
道服の羽織は一枚の生地に変化し、元始天尊を巻き取ろうと彼の足元から螺旋を描く。
「笑止!」
元始天尊は扇を開き、縦に振り下ろした。
扇の先からはまるで刃物のように鋭い閃光がうまれ、道服の羽織を切り刻んでしまった。
「想定内、想定内……」
須菩提祖師はそう呟いたものの、清浄の間を埋め尽くす瘴気に限界を感じ始めていた。
須菩提祖師は瘴気が漏れ崑崙山に広がらないように出入り口などを封印したが、手先の痺れに自身も瘴気に侵され始めていることを察していた。
(玄奘ちゃんたちが天竺につくまで持つかなぁ……ううん、持たせる!ウチは孫悟空のじいちゃんだからね。やってやる!)
弱気になりかけた心を奮い立たせようと、須菩提祖師は頭をブンブンと振った。
一方、崑崙山の仙人たちも異変に気づくものが現れ始めた。
そのため、異変に気づいた神仙たちは玉皇大帝、西王母の元に集まってきていた。
「清浄の間でなにがおこっているのですか?」
「崑崙はこれからどうなるのでしょうか」
「こんな不穏な気配は孫悟空が暴れた時以来ですぞ!」
不安や焦りからか、困惑するもの、怒りを露わにするものなど様々だ。
「鎮まれ皆の者。そのように騒ぎ立てても何も解決せぬだろう。のう玉皇、清浄の間はどうなっておるのじゃ?」
西王母がパンパンと手を叩き、その場を静かにさせ、玉皇大帝にたずねた。
「清浄の間は固く閉じられており、余にも入ることができなんだ。一体何が起きているのか……」
玉皇大帝はお手上げというように眉間を揉みながらいう。
父であり師でもある元始天尊の安否もわからず憔悴している。
「邪魔するぞ」
その時、扉が開いて太上老君が入ってきた。
幼子の姿で瑤姫に抱き抱えられ、傍には瑤姫の息子である顕聖二郎真君の姿もある。
「太上老君、いらしてくださったのか」
玉皇大帝が身を乗り出してよろこぶと、太上老君は瑤姫の腕から飛び降り青年の姿に戻った。
「友に危機ありと聞いては、のんびり洞府で宝貝を作っておられぬわ。清浄の間はわしと鎮元がなんとかしよう。お前たちは神仙らを守ることに専念せよ。玉皇と西王母、瑤姫と二郎真君が居れば、神仙たちの守りはなんとかなろう」
「太上老君、感謝する……!」
太上老君は声を震わせる玉皇大帝に近づき、その両肩に手を置いた。
「しっかりせよ玉皇。お前は神仙を統べる王である。もしお前の父に何かあればお前が世界の全てを守らねばならぬ。泣いてる暇などないぞ」
「……っ、はい!」
太上老君からの叱咤に、玉皇大帝の表情から不安が消えた。
「ではな。瑤姫、二郎真君よ、あとは頼んだ」
「行ってらっしゃいませ」
「伯父上、伯母上。母とオレも尽力いたします!」
「うむ、頼んだぞ」
それまで落ち着かない様子だった仙人たちも、玉皇たちに加えて仙界の実力者とも言われる二人がきたことで、落ち着きを取り戻したようだ。
太上老君はホッとして踵を返し、清浄の間へと急いだ。