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第225話 須菩提祖師、覚悟を決める

 太上老君は清浄の間の前にいた。


 清浄の間の扉は固く閉ざされ、玉皇大帝の言うとおり推しても引いてもびくともしない。


 しかも扉の向こうからは時折激しい爆音が聞こえてきて、中ではただならぬことが起きていると容易に推測することができた。


「一体何が起きている……おい、元始天尊!ここを開けよ!太上老君だ!」


 扉を叩いて声を上げるが返事はない。


「元始天尊……!」


 太上老君は息を大きく吐き、決意したように顔を上げた。


「扉を破壊するしかないか……」


 太上老君はそう呟いて宝貝の準備に取り掛かった。


 その扉の向こうでは元始天尊と須菩提祖師が膠着状態で睨み合っていた。


「もう瘴気に蝕まれ意識を保つのも限界だろう?今すぐ楽にしてやろうな」


「……おおきなお世話だよ!」


 須菩提祖師は口の端から血を滴らせ、汗だくでふらつきながら立ち上がる。


 方や、元始天尊は涼しい顔でボロボロの須菩提祖師を宙から見下ろしている。


(一体なんなんだ、どうして瘴気にまみれたこの場で涼しい顔を……アイツに憑いているのは一体……っ)


 そのとき、凄まじい音が清浄の間に響いた。


 ガリガリと壁を削るような音と、何か大きなものをぶつける音だ。


(だめだ、扉を開けては……瘴気が……!)


 須菩提祖師の祈りも虚しく、激しい音が止むことはない。


 次第に壁にヒビが入り始め、天井からはパラパラと細かい礫が降ってくる。


「助けが来たようだが、さて仙人たちはお前と吾のどちらを信じるかな?」


「……」


 そう言って元始天尊が須菩提祖師の胸ぐらを掴んで持ち上げたと同時に壁が破壊された。


「だ……めだ、瘴気が……っ」


 外へと溢れた瘴気は崑崙山をあっという間に穢すだろう。


「ふむ……」


 だが須菩提祖師の懸念は外れた。


 元始天尊は瘴気を自らのうちに全て吸収したのだ。


 清浄の間を埋め尽くしていた瘴気は消え、滝の水の色も元に戻った。


(何を考えている、元始天尊……っ!)


「ぐっ!」


 元始天尊は須菩提祖師を床に叩きつけ、そのまま馬乗りになった。


 そして。


「元始天尊、無事か!一体何があった!」


「太上老君!」


 飛び込んできた太上老君に、元始天尊は困惑した表情を向けた。  


 太上老君は元始天尊の下にいる血まみれの須菩提祖師をみてぎょっとした。


「須菩提?元始天尊と争っていたのは須菩提だったのか!?」


「そうだ。吾の元を訪ねてきたと思ったら突然襲われてな。皆に被害が及ばぬよう結界を張っていたのだ」


「そうだったのか。すまない、そうとも知らずにわしは……」


 しおらしく言う元始天尊を、太上老君は疑いもしない。


 須菩提祖師は悔しさに唇を噛んだ。


「良いのだ。をしんぱいしてくれたのだろう。もう決着はついた。あとは……」


 元始天尊は須菩提祖師の首にかけた手に力を込める。


 そしてもう片方の手に持った扇を薙ごうと水平に構えた。


(……ここまで、か……)


 須菩提祖師は呼吸が苦しくなり、目の前が霞んできた。


 覚悟を決め目を閉じた次の瞬間。


遁竜椿とんりゅうとうよ、いましめよ!疾!」


 鋭く唱える声がした。


 元始天尊が振り上げた扇は何故かふりおろされることはなかった。


 同時に須菩提祖師の首を圧迫する力も消え、須菩提祖師は激しく咳き込みながら身を起こした。


 荒い呼吸を落ち着かせ、目を開くと元始天尊の両腕が二つの輪に拘束されている。


「間に合いました……よかったです」


「何者だ!」


 元始天尊が顔を歪ませ叫んだ。


 太上老君の背後から現れたのは、藍色の衣を纏い、髷を結った黒髪の少年だった。

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