月見の宴もたけなわになった頃、会場にひらりと白い鳥が舞い降りた。
それは朱の毛氈に優雅に着地すると、ゆっくりと頭を下げて姿を消した。
後に残っていたのは、鳥の形に折られた紙だった。
「太上老君からでございます」
月亮がその紙を拾い、鎮元大仙に渡した。
と同時に、准胝観音の元にもひらりと蝶が舞い降り、鱗粉を残して紙となり消えた。
「弟からだ」
二人はそれぞれに届いた手紙を読み、顔を見合わせ頷いた。
「玄奘殿、楽しんでおられるか?」
鎮元大仙は隣に座る玄奘にたずねた。
玄奘は宴の空気に浮かされているようで、酒は飲んでいないのにほろ酔い状態だ。
「はい、とても。鎮元大仙、素敵な宴をありがとうございます」
鎮元大仙は玄奘の返答に満足気に頷いた。
「それは何より。しかし申し訳ないが、吾輩は急用ができた故席を外させていただく」
「うむ、妾もそろそろもどらねば」
「あれ、准胝ちゃんも?」
そう言って、二人が立ち上がると、それに気づいた猪八戒が残念そうに言う。
「ああ、またいずれ会おう。久方ぶりのお前の料理、とても美味かったぞ」
そして准胝観音と鎮元大仙は頷き合い、会場を後にしようと歩き出した時、孫悟空が二人の前に立ちはだかった。
「まてよ!」
「悟空?」
孫悟空は二人に掴み掛かった。
「なあ、崑崙で何かあったんだろ?なあ!」
「お前はこう言う時ばかり鋭いな」
その必死な様子に、准胝観音がため息をついた。
「だって、じいちゃんは宴会好きなのに戻って来ねえし、あんたら二人のところに手紙来てるし……絶対何かあっただろ!」
孫悟空の言葉に鎮元大仙と准胝観音は顔を見合わせた。
「わかった、説明するから離せ」
ぽんぽんと孫悟空の手を叩いて准胝観音が言うと、孫悟空は素直に言うことを聞いた。
「吾輩のところに来た手紙には、崑崙というか、清浄の間に異変があったと書かれていた」
声を潜め鎮元大仙がいう。
「妾には、弟から瘴気が崑崙の清浄の間を穢していると来ている」
「なに?」
「清浄の間に、瘴気ですか……?」
太上老君からの手紙にはなかった情報に、鎮元大仙は眉間に皺を寄せた。
その話を聞いていた沙悟浄もまた、顔を青ざめさせている。
「ばかな、清浄の間は最も清らかな場所だ。瘴気が発生するなどありえない……!そうだ、玉皇大帝はご無事か、崑崙山は……」
「大丈夫ですか、沙和尚」
途端に落ち着きを失った沙悟浄を、玄奘が宥める。
「は、はい、お師匠さま……申し訳ありません、取り乱しました……」
玄奘に慰められ、幾分か気を落ち着かせることができたようだが、かつて過ごした崑崙の危機に落ち着かないようだ。
准胝観音は言葉を続ける。
「しかもその瘴気の正体はおそらく
「
准胝観音の言葉に、鎮元大仙は絶句した。
「わかりませぬ。弟と、かつて崑崙にいた文殊と普賢が先に行っているそうです。しかし、魔羅であろうとなかろうと、妾も早く加勢に向かわねばなりませぬ」
「うむ……」
難しい顔をして話し合う准胝観音と鎮元大仙の元から、孫悟空が俯きながら玄奘の元へ戻ってきた。
「お師匠剤、あの、俺様……俺様は……」
「悟空も崑崙に行きたいのでしょう?須菩提祖師様も心配ですよね……」
「はい……」
「ならば来るがいい」
玄奘と孫悟空の会話を耳ざとく聞いていた准胝観音が二人の話に入ってきた。
「えっ?」
突然のことに、孫悟空は目を丸くしている。
「そうだな、悔しいが、孫悟空がくれば百人力だろうよ。もちろん、お前の師である玄奘殿の許しがあれば、だが……」
「え?えっ??俺様が行ってもいいのかよ?!」
あんなに孫悟空を敵視していた鎮元大仙も反対しないので、孫悟空はどういう風の吹きまわしだろうかと混乱した。
「いや、鎮元大仙、妾は孫悟空だけではなく、玄奘たち全員が加勢すれば良いと言ったのです」
「えっ?私たちも、ですか?」
「ボクたちも?!」
「血迷ったか准胝!人である玄奘殿も戦わせる気か?!危険ではないか!敵は魔羅かもしれないのだろう?!」
「かもしれない、ではなく、おそらく魔羅であるのは確定でしょう」
「ならばなぜそのような無茶を!」
鎮元大仙は語気を強め、准胝観音に掴み掛かった。