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第236話 猪八戒、沙悟浄、魔羅の瘴気に惑わされる

 降妖宝杖の先端についた、三日月型をした刃が魔羅マーラの尾の先を切り落とす。


 黒い血を撒き散らしながら、尾の先は清浄の間の床を転がっていく。


「チッ、やられたか」


 魔羅マーラが舌打ちをして呟くが、大して気にしてもいないようだった。


 沙悟浄は降妖宝杖を構えながらチラリと玄奘の様子を目の端で確認する。


 玉龍が伝える前に尾の音が止んだため、玄奘はいまだ等間隔で錫杖を突いている。


 玉龍はというと、自分にできる精一杯のことを考えたのだろう。


 如意宝珠を使って玄奘のサポートを始めている。


「助かったぜ、悟浄」


 頭を振り、まだ耳に残る音を消し去るそぶりをしながら孫悟空が礼を言う。


 豚頭を人の頭に直して、猪八戒が釘鈀の柄を床についた。


「よおし、悟浄ちゃん、オレたちも加勢するぜ!」


「しゃーオラ行くぜぇええええ!魔羅め、十億倍返しにしてやる!」


 孫悟空と猪八戒は今までの鬱憤を晴らすように魔羅マーラへと飛びかかっていった。


「小虫も群れると鬱陶しいわ」


 魔羅マーラはそう言って二人から距離を取る。


 魔羅マーラはこの清浄の間を抜け、崑崙のどこかに身を隠そうと考えているのだ。


 だが猪八戒の釘鈀はそれを許さない。


「そらっ!」


 猪八戒は容赦なく、釘鈀を振り下ろす。


 釘鈀の先は櫛のように細かく刃がついていて、それが魔羅マーラ鱗甲りんこうに突き刺さる。


 だが鱗甲は細かく密集していて釘鈀の刃を防ぐ。


「なかなか心地よい刺激ではないか」


 魔羅マーラは笑う。


「もちっと上の方もかいてくれぬか?この姿だと背がかけなくてな」


「っ、この、バカにしやがって!」


 釘鈀を背中をかく道具のように言われ、猪八戒は激昂した。


「お望み通りくれてやるよ!」


 猪八戒は釘鈀を振るい、魔羅の体を撃つ。


「あーソコソコ、貴様、按摩あんまもなかなか気持ちいいぞ」


「ふざけるなぁあああ!」


 魔羅マーラが本当に心地よさそうにいうので、猪八戒はますます頭に血を上らせた。


「おい、落ち着け八戒!」


「なあ沙悟浄、どうしちまったんだよ八戒のやつ」


魔羅マーラという存在は悪感情を支配するようだ。恐れ、弱気、疑い、怒り。アレの近くに寄ると心が惑わされてしまうのかもしれない」


「なんだって!よくわかんねーけど、やばそうじゃねえか!」


 孫悟空は沙悟浄の難しい語句の説明に、雰囲気だけで危険を察した。


「釘鈀はかなり重い武器だ。八戒の体力も長くは持つまい。俺たちも行くぞ、悟空」


 沙悟浄の予想通り、全力で釘鈀を振るった猪八戒は早々に限界を迎えた。


「はぁ、はぁ……くそっ」


 ついに釘鈀を取り落とし、猪八戒は膝をつく。


 汗だくになって荒い息をついている。


「あーだいぶ体が楽になった。礼を言うぞ。そうだ、お代をやらねばな。受け取るがいい!」


 そう言って魔羅マーラは毒液を猪八戒に向けて吐いた。


「──っ!」


 へとへとの猪八戒に、その毒液を避けることはできない。


「オジさん!」


 玉龍が叫ぶ。


 孫悟空は毛を抜いてフッと吹いた。


「身外心の術!」


 孫悟空の分身が三体出現し、猪八戒の盾となった。


「間に合え、如意金箍棒──っ!」


 そしてさらに孫悟空は猪八戒に向けて如意金箍棒を伸ばした。


 魔羅マーラの毒液は出現した孫悟空の分身三体が身代わりに受け止め、猪八戒を守った。


「八戒!……っく」


 特別な術を施すまもなく放った、急ごしらえの分身のダメージは孫悟空に返ってくる。


「なんだと?!」


 痛みに耐えながら孫悟空が伸ばした如意金箍棒は猪八戒を押し出し、魔羅マーラの前から遠ざけることができた。


「その牙、もらう!」


 猪八戒に気を取られていた魔羅マーラは、一気に距離を詰めた沙悟浄に気づかなかった。


 沙悟浄は降妖宝杖を振るい、魔羅マーラの牙を砕き落とした。


 それから沙悟浄は宙で身をひるがえし、その巨大な魔羅マーラの頭にかかとを使った重い一撃をお見舞いした。


 魔羅マーラは床に押しつぶされ、清浄の間に重苦しく大きな音を待てる。


(手応え、あった!)


 沙悟浄は確信を得て、降妖宝杖の柄で魔羅マーラを床に押さえつけた。


「このまま叩き潰してやる!うおおおおおおおっ!」


 魔羅マーラの巨体に、さらに間髪入れず沙悟浄が連撃を加える。


 捲簾大将の座を降ろされて以来様々なことがあったが、数千年も天帝の近衛を勤めていただけあり、沙悟浄のその戦いの腕は体に刻まれており衰えてはいない。


 沙悟浄の容赦ない連撃に、次第に魔羅マーラの体がひび割れていく。


 その度に、黒い魔羅マーラの血飛沫が沙悟浄にかかる。


 返り血で真っ黒に体が染まっていくのに構わず、沙悟浄は構わず降妖宝杖を振るい続けた。


「ちょっと、ゴジョー!ゴクウ、ゴジョーが変!止めて!」


 玉龍が叫ぶ。


「何っ?!」


 分身のダメージに苦しんでいた孫悟空は、顔をしかめながら身を起こし、沙悟浄を見た。


「おっと、これは本当にやばいな」


 魔羅マーラの瘴気から離れた猪八戒はぼんやりしているが、大丈夫そうだ。


 猪八戒の様子をチラリと確認してから、孫悟空は痛みを振り解くようにして立ち上がり沙悟浄へと向かった。

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