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第240話 沙悟浄、恐怖に抵抗し、玄奘は魔羅の誘惑に耐える

 沙悟浄は足の震えを必死に抑え、踏ん張り、降妖宝杖を振るうが魔羅マーラにかすり傷一つつけることができない。


「それ右。次は上だ」


 魔羅マーラは軽々と沙悟浄の攻撃をかわし、軽口を叩く余裕すらある。


「クックック、当たらぬのう」


「だあああああっ!」


 沙悟浄はただ叫びながら武器を振るった。


 魔羅マーラと会話をする気は悟浄にはなかったからだ。


 それに、言葉を考え発することで押さえつけた恐怖心が名を持ち、再び沙悟浄の動きを止めてしまう、そんな気がしたからだ。


 何も考えず、ひたすらに武器を振るう。


 それしか恐怖心を抑える方法がなかった。


「さて、遊びはここまでだ」


「──なっ?!」


 それまでニヤニヤとしていた魔羅マーラは表情を消し、そして魔槌まついを振り上げた。


「悟浄!」


 孫悟空と猪八戒が叫んだ。


「ぐぅっ!」


 ゴォオオオオン!!


 重く冷たい音があたりに響き渡る。


 沙悟浄は歯を食いしばり、渾身の力を込めて降妖宝杖の柄で魔槌を受け止めた。


 凄まじい重力感に、沙悟浄は膝をついた。


 押し潰してくる魔槌を、沙悟浄は歯を食いしばってその圧に耐える。


「おおおおおおお!」


 魔羅マーラが雄叫びをあげ、嬉々として腕に力を込める。


「があああああっ!」


 それを見ていた孫悟空と猪八戒は焦った。


 沙悟浄が動けるのになぜ自分たちは動けずにいるんだ、と。


(あいつのほうが俺様より後に仲間になったのに……なんであいつが動けて俺様が動けねえんだ!クソ、ビビるな俺様!)


 孫悟空は震える手に力を込め、如意金箍棒を強く握った。


 手のひらにジワリとした汗の感覚。


 尻尾はいまだに恐怖心から下がったまま。


(それに俺様はなぜあんな気持ちの悪い奴を怖がってるんだ……見たこともないのに、わけわからねえ!)


 猪八戒もまた、釘鈀を握る手に力を込め、体の震えを止めようとしていた。


(情けねえ……准胝ちゃんも見ているってのに、オレは……)


 体の震えを止めることができても、その目が魔羅マーラの姿を捉えることを拒否する。


 敵の姿を見ることができなければ、攻撃することもできない。


(オレが怖いもの、あんな知らないものなんか怖いはずないのに……今まで怖かったことといえば……)


 二人は必死に自分の経験から怖かったことを思い出していた。


「そうだ、俺様にはあんなキモいのよりももっと怖いものがある!あんなの全然怖くねえ!」


「オレだって!うぉおおおおお、悟浄ちゃんから離れろ、マーラァァァァ!!」


 二人は一息に魔羅マーラへの距離を詰めた。


だが。


「せいっ!」


 魔羅マーラが残りの腕をそれぞれ振るい、孫悟空は斧の腕、猪八戒は矢を持った腕が襲いかかる。 


「わっ!」


「チッ!」


 猪八戒は慌てて避け、孫悟空は舌打ちして回避する。


「無駄なことと知りながら向かってくるとは、なんともあつい友情だなあ。はは!」


 沙悟浄を押しつぶそうとする腕の力は弱まっていない。


 弟子たちの苦しむ声は玄奘にも届いていた。


(沙和尚に何が?!悟空、八戒?!)


 さすがに、弟子たちの危機に玄奘の呪文を唱える声が弱まる。


 それを魔羅マーラは見逃さなかった。


 魔羅マーラは沙悟浄を押し切り、その身を吹き飛ばすと、疾風のように玄奘の元へ舞い戻り囁いた。


「さあ目を開け!その目で見よ!余の姿を!」


(私が目を開くことで皆が助かるのなら……)


「だめです!お師匠様!」


こんちゃん!」


 孫悟空と准胝観音が叫び静止する。


 たが遅かった。


 玄奘は目を開き、魔羅マーラの姿を見上げた。


「見たな?!余を見たなコンチャン!ははは!」


「おし……しょうさま……!」


 沙悟浄が呻いた。


 沙悟浄の声に玄奘が振り向く。


 そして玄奘は再び魔羅マーラに視線を戻した。


 目が合うと、ニタリと魔羅マーラが赤い舌を覗かせ笑う。


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