切り立った鋭い岩が辺りを囲む白虎嶺。
乾燥した地面に落ちている枯葉が風に舞い、擦れて乾いた音を立てて舞っている。
その白虎嶺の切り立った岩の一つに、一人の女性が座っていた。
女性は血の気のない白い肌をしているが、唇は血のように鮮やかな真っ赤。
身に纏っているのも鮮やかな朱色だ。
髪の毛はゆたかな黒髪で、クセもなく地につくほどのサラリとした髪に、目鼻立ちがはっきりとした美しい容姿をしている。
髪の上半分を左右でそれぞれお団子に纏めている彼女の名は、白骨精と言う名の
といっても、彼女は道士に作られたのではない。
白骨精は生前、とある山の奥深くで命を落としたらしい。
だが幸いなことにそこは霊気が濃い場所で、その濃い霊気を浴びた彼女は気がつくと
しかも意思のない低級僵屍ではなく、仙術を扱うことのできる中級程度の僵屍だ。
白骨精は生前の記憶はないものの、道術による縛りもなく、ただ毎日を過ごしていた。
「あっきゃー、どうしょば。困ったこったて」
そんなある日、大きなため息をついて白骨精が呟いた。
独特の訛りのある独り言をいう彼女の前には一通の手紙がある。
隣に置いてある封筒の裏の差出人の名前は牛魔王だ。
彼は火焔山に棲む偉大な妖怪の親玉とも呼ばれ、人間だけではなく妖怪たちからも恐れられている存在だ。
その手紙の内容は……。
──全妖怪に告ぐ。人間の国、唐に住む力の強い僧、玄奘というものが旅に出たそうだ。そいつを捕まえて我が城へもってこい。我の供物とせよ。捕まえ持ってきたものには我の力と宝を分け与えよう。女妖怪は我が妾の座も与えよう。こっそり僧を喰らうなどすれば容赦せぬ。よいな。牛魔王──
「はー、こんがところにまで手紙が届くとはね。やいや、豪気なこって。しかし、やでもかやらねばってもいいこてや。……それにしても、力の強い僧、ねえ……」
白骨精は牛魔王の妾になどなる気はさらさら無いが、どうも力の強い僧のことが気になる。
「つっても、このお坊さんがこんな山の近くを通るわけあるろうばさ。おれには関係ねーろな」
そう笑って手紙を放ると白骨精はうんと伸びをした。
その時。
「ふんふん?このにおい……なぁんだ?うんまそげらなぁ。どこからだろ?」
僵屍は感覚が鋭い。
いつもとは違う山の匂いを敏感に察知した白骨精は、ふんふんと鼻をひくつかせ匂いをたどる。
それはとても芳しく甘い香りだった。
霊気の充満するこの白虎嶺で暮らす白骨精にとって、食事は必要のないことだがこの甘い香りは忘れたはずの空腹感と食欲を強く刺激した。
僵屍は身体能力も高い。
「近くだな。行ってみようかね」
白骨精はそう呟くと、跳躍し空の彼方へと消えた。