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第247話 玄奘一行、白虎嶺のふもとにて休息する

 鎮元大仙の元を出発した玄奘たちは、白虎嶺びゃっこれいという山のふもとに来ていた。


「お腹すいたー!ボクもうゲンカイだよ!ねえ、スイランさんからもらった食材使おうよ〜!」


「ダメだ!これからこの山道を越えるために保存食は取っておいた方がいいんだから」


 腹を空かせてシクシクと悲しげにいう玉龍を、猪八戒は冷たく突き放した。


 それもそのはず。


 今、これから玄奘たちが越えようとしている白虎嶺はとても険しい山だ。しかも乾燥地でもあるこの場所では取れる食材はわずか。


 いつもは穏やかな猪八戒も、一行の台所を預かる身としては心を鬼にして食材の節約に励んでいるのだ。


「でもぉ、今食べないと餓死しちゃうよ〜!!チンゲンさんたちからも食材分けてもらったじゃん!」


 一行の中でピーピー泣いているのは玉龍だけだ。


沙悟浄も玄奘も、道中の食べ物に関しては猪八戒の言いつけを守り、今では野草を摘んだり木の若芽を探したりなどしている。


 孫悟空は野草摘みで汚れた手をパンと叩きながら、あまりかんばしくない収穫高にため息をついて頭を掻いた。


 どう考えても男所帯が食べる量には足りない。


 流石に主食は餅や乾燥させた米を使って粥を作るなどするだろうけど、乾燥した土地に生える野草ではとてもじゃないが山越やまごえの体力はつけられないだろう。


 孫悟空は猪八戒に声をかけた。


「俺様、もう少し奥の方まで登ってなんか腹持ちするようなものでもさがしてくるわ」


 そう言うと、孫悟空はヒョイと身軽に枯れ木の上を飛んでいった。


「玉龍、泣いていると余計お腹が空きますよ」


 玄奘は空腹でぐずる玉龍に、こっそりと飴の包みを渡した。


「おシショーサマ、これ……!」


「悟空は飴が溶けるまでに戻るでしょうから、もう少し頑張りませんか?……八戒には内緒ですよ」


 片目を瞑ってそう言う玄奘に、玉龍は頷いた。


 食事前にお菓子を食べるなんて、と猪八戒が見つけたら目くじらを立てることだ。


 玉龍は素早く口の中に飴を放り込み、嬉しそうに微笑んだ。


「お師匠さま、あまり玉龍を甘やかしては……」


「ほら、沙和尚もどうぞ」


 火おこしの薪を組みながら沙悟浄が言うと、玄奘はその口にも飴玉を入れる。


 沙悟浄は飴玉を落としそうになり、口を手で押さえた。


「イライラした時は甘いもの、ですよ?」


 にこやかに言う玄奘の背後に、猪八戒がぬっと姿を現した。


「お〜し〜しょ〜う〜さ〜ん〜?」


「おや、見つかってしまいましたか」


「この甘い匂いは何でしょうね?」


「コレですよ。八戒もどうぞ!」


 そう言って玄奘は、眉間に皺を寄せ仁王立ちする猪八戒の口にも飴玉を入れた。


「んぐ、ちょっと、これは……」


 何かに気づいた猪八戒は急いで口の中の飴を噛み砕き、自分も食べようと飴を口に入れようとした玄奘の手首を掴んで、それを止めた。


「お師匠さん、これをどこで?」


 あまりに必死な形相の猪八戒に、玄奘は首を傾げる。


「鎮元大仙からのものだと孫悟空から預かりました。イライラしている時は休憩が必要ですよ」


 にこやかに言う玄奘に、猪八戒は大きなため息をついた。


「お師匠さん、これ飴みたいだけど飴じゃないわ。金丹だよ」


「金丹?」


「不老長寿の仙薬です。金や水銀を練って作るんですよ」


「それは……どうやらその飴は私には食べられそうにないですね」


 玄奘はしゅんとして、少し寂しそうに微笑んだ。


「そうですね、人間のお師匠さんには刺激が強いかも知れせんね。お師匠さんには……」


 猪八戒は何かないかと懐や腰に下げた小さな鞄を探った。


 その時。


「おめさんがた、なじらね?」


 美しい声だが、聞き慣れない言葉がかけられた。


 振り向くと、赤い服を着た黒髪の少女が、大きな籠を手に微笑んでいた。


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