玄奘たちに声をかけてきた少女の歳の頃は、玄奘と同じくらいの十八だろうか。
彼女が身にまとう赤の袍衣がサッと吹く風に
「な、なじ?」
酷く訛りのある少女の言葉に、外国の言葉にも明るい猪八戒が珍しく戸惑っている。
彼女が話す言葉は、猪八戒も知らない言葉なのだろう。
「皆さんお腹空いてるみってだけど」
「ご心配ありがとうございます。いま食事の準備をしているんです」
「お師匠さま、この方の言葉がわかるのですか?」
にこにこと答える玄奘に、ヒソヒソと沙悟浄が問いかける。
「何となく、ですけどね」
玄奘は地元の年寄りともお寺で交流していたこともあり、多少は訛りのある言葉も聞き取れる。
沙悟浄は玄奘に尊敬の眼差しを向けた。
「真摯に耳を傾ければ
沙悟浄の輝く視線に照れくさそうに笑って玄奘が言った。
「よっこいしょ」
少女は籠をおろし、蓋を開けた。
「おれも飯の材料集めに来たんだども、ほれ、きのこがふっとつとれたすけ、やいやどーしょばと思ってたんだわ。腐らせてしまったらだんがくれすけ、ほっつけ投げるしかねーすけな。よかったらおめさんがた食べて。ほれ、お供えお供え。なんまんだぶなんまんだぶ」
少女は籠を玄奘に渡して手を合わせて言った。
「まあ、これは……こんなにたくさん良いのですか?どうもありがとう……」
「だめですよ」
玄奘が少女から籠を受け取ろうとした時、ヒョイとそれを孫悟空が横から取った。
「お師匠様に渡すものはまず、一番弟子である俺様を通してもらわないとね」
「悟空」
孫悟空は籠を抱えて玄奘の前に立った。
「ゴクウ、今までそんなことやってなかったじゃん!」
玉龍が言うが、孫悟空は無言で籠を持っている。
「あの、お弟子さんたちがいっぺこといらっしゃるみたいだけど、お坊様は高名なお方なのでしょうか?」
「んふふ、二番弟子のボクがおしえてあげるね。おシショーサマの名前は玄奘サマ!唐のコウテイの命令で、テンジクまで旅をしているんだ!」
飴玉で空腹が紛れ、機嫌も良くなった玉龍が得意げに説明した。
少女は驚き大きな目をさらに大きく開いた。
「んまぁ、お坊様があの有名な玄奘様!この山奥にも聞こえてきてますて。こらありがたいこって。おれ、いきれてしまうこて。やいや、なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
少女はありがたがって手を合わせ、玄奘を拝むように頭を下げた。
玄奘は少し困ったように微笑み合掌してお辞儀を返した。
「ではまず、おれはこれで。みなさんお気をつけてね。ごめんください」
そう言って少女は何度もお辞儀をしながら山奥に消えていった。
孫悟空はそんな少女を目でじっと追いつづけ、やがて口を開いた。
「お師匠様、何でもホイホイ受け取ったらダメですよ。何が入ってるかわかったものじゃない」
「ちゃんと中を見せてもらいましたよ」
「そうそう、おいしそうなキノコ!」
心配性な孫悟空を安心させようと玄奘が言うと、玉龍も説明を付け足した。
「この中のものが?」
孫悟空は胡散臭そうに籠を振った。
籠の中からはゴロゴロと何かが転がる音がする。
「ていうかさ、お前らもあの女を少しは怪しめよ」
孫悟空はイライラしたように強い口調で沙悟浄と猪八戒、玉龍に言う。
空腹のせいか言葉もトゲトゲしい。
「え?あの女の子どう見ても普通の子だし、そのカゴの中身もおいしそうなキノコだったよ?」
玉龍は孫悟空が怒る理由が分からず、戸惑っている。
孫悟空はそんな玉龍たちをみると大きなため息をひとつ、わざとらしく吐いた。
「ちょっと俺様もう少し食材探してくるわ。あとこれ、山ん中で見つけた木の実と芋な。置いてくから先に食っていてくれよ」
「おい悟空、籠!籠は置いてけよ!!そこに入ってるキノコ使うから!」
孫悟空は籠を抱えたまま、少女が消えた山へと再び入っていった。
「どうしたのでしょう……」
「さあ……」
孫悟空が採取したものを受け取った沙悟浄も立ち尽くして首を傾げる。
「ったく、悟空のやつ……!」
猪八戒は大きなため息をつくと、孫悟空を追って山へと入っていった。
「あっ、ハッカイおじさんまで!もー、オジさんまで行ったら誰がご飯作るのさ!」
玉龍は身勝手な二人にプンプンと腹を立て、腰に手を当てて叫んだ。