牛魔王は今まで対峙してきた妖怪や化け物とは段違いの強さを持つ。
しかも彼の正妻と息子、数人いる他の妻も力の強い妖怪だ。
孫悟空は言葉に表せられない不安に拳を握った。
「あのお坊さまを見た時おれは……おれはあのお坊さまを喰らいたいと思うくらいに、そんなこと今まで思ったことなんてねえのに……喰らいたくなった」
「なっ……!」
白骨精の告白に孫悟空は言葉を失った。
玄奘は玉果の効果を弱めるために観音菩薩お手製の錦襴の袈裟を纏っている。
孫悟空たちはもとより、他の妖怪たちにもその袈裟の効果はあるはずで。
妖怪たちの欲望を刺激することはないと思っていたのだが、白骨精の言葉通りになると話が変わってくる。
「他の妖怪もきっとそうだ。あのお坊さまはそこにいるだけでおれたち妖怪を惹きつける。だから牛魔王があの
「……」
「おチビ……」
沈黙して俯いた孫悟空に、須菩提祖師が気遣うように肩に手を置き声をかけた。
「……あの人には悟浄と八戒もいるから平気だろ。俺様はもう破門されたんだ。知ったことかよ」
「悟空ちゃん……」
そう強がってはみたものの、牛魔王の強さと残忍さを知っている孫悟空は内心穏やかではいられなかった。
「あーもういいからお前らもう行けよ。とりあえず教えてくれてありがとな」
孫悟空は白骨精に向かってぶっきらぼうにそう言って、シッシと手を振る。
「はー、こにくらしい猿らこって。うちの白骨精がせっかく知らせたってがに……しゃつけてやろっかね」
魃姫は憤慨して拳を握った。
しゃつけるとはたたくという意味のようだ。
「うるっせえな。いいって言ったらいいんだよ!」
「ったく、口の減らねえ猿らな!ほら白骨精も行くこて。そうせばまず、すぼでぇ様お世話になりました」
「悟空ちゃん、後悔する前にきっと、お師匠さんのところに戻りなせよ!先生も言ってやってくださいね」
孫悟空が破門された責任を感じている白骨精の言葉には心配が色濃く現れている。
孫悟空は唇を噛んで拳をキツく握った。
須菩提祖師は孫悟空の肩をポンポンと叩き、白骨精に代わりに返事をする。
「わかったよ。この子のお師匠さんのことは心配しないでウチに任せて。それから、あとでウチの服も送るからね」
「あーそうだった、そうだったね。先生とおんなし服、たのしみにしてます。せばさ、まず」
白骨精はそういうと、清浄の滝の前で待つ魃姫の元へとかけていった。
孫悟空を気遣うように何度も振り返りながら。
「悟空ちゃん、ちゃんと戻るんだよー!」
そう言って、白骨精と魃姫は手を振り、滝の向こうに繋がっている新天地へと旅立っていった。
「うるせぇ……」
孫悟空は小さく呟いて舌打ちをした。
ザァザァと流れる清浄の滝の音が響く中、孫悟空は立ったまま俯いていた。
「それで、おチビはどうするの?」
「俺様は……」
孫悟空は額に手を当てた。
そこにあった、弟子の証でもある緊箍児はもう無い。
「知るかよ」
孫悟空はそう言って、觔斗雲にサッと乗ると清浄の間を後にした。
「……意地っ張り」
須菩提祖師は孫悟空が飛び去った方向を眺め、やれやれと肩をすくめた。