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第269話 北斗七星と南斗六星

 人の生死を司る北斗七星と南斗六星。


 確かに北斗七星と南斗六星は、妙見菩薩から仕事漬けの奎木狼を人間の娘と妻合めあわせ家族を作ることを提案され承諾した。


「見守ってやろうではないか。いずれ妻である百花公主の寿命が尽きたら戻ろうぞ」


「そうですね。奥方の百花公主が身籠ったことで我々の意図には少なからず気づいているはずですから」


 南斗六星が寿命の帳簿を懐から取り出しめくりながら言う。


「月に星、か。根っからの仕事人間だな」


 その帳簿に書かれた奎木狼の子どもの名前に、北斗七星と南斗六星は苦笑した。


「そのとおり。彼は真面目な男だ。子につけた名前のとおり星の世界を忘れていないのだから、過ちなど犯すまい。ちと長い休暇として多めにみてやって欲しい」


「仕方ありませんね。彼が戻るまで奎宿のところには雲を置いておきましょう」


 妙見菩薩の言葉にふたりはため息をついて渋々といった様子で名簿に雲の判を押した。


 人の世界と天の世界の時間の流れは違う。


 天界時間であと数日で戻るだろうと妙見菩薩は気に留めていないようだった。


「妙見菩薩さま、火急の来客にございます。お通ししてよろしいでしょうか」


 そこへ、北辰宮の入り口を守る門番が息せききってやってきた。


「客?誰だ」


「普陀山の観音菩薩様にございます」


「観音が?恵岸行者の先触れもなく唐突に来るなど珍しいな。何かあったか……よい、客間に通せ。こちらもすぐ向かおう。北斗、南斗も点呼が終わり次第参れ。皆のもの、今日も星の勤めをよろしく頼む」


「はっ!」


 妙見菩薩はそう指示を出すと、北辰宮の客間へと向かった。


「静かに!点呼を続ける。白虎宮……」


 奎木狼の話でざわめく星官たちを宥めながら、北斗七星と南斗六星は点呼を再開したのだった。




「やあ、待たせたな観音」


 ゆったりと客間に入ってきた妙見菩薩に、観音菩薩は手に持っていたお茶の器を置いて、ホッとしたような、困ったようなそんな表情をした。


「妙見、先ぶれも出さず急に押しかけて申し訳ありません。ですが、一大事なのです」


「一大事……一体どうしたのだ」


「あなたのところの星官の一人が、玄奘を虎にして牛魔王に献上しようとしているのです」


「何?」


 その星官が誰なのか、妙見菩薩は観音菩薩に聞かなくてもわかっていた。


 今しがた星官の前で話をしてきたばかりなのだから。


「なぜ……玄奘を虎に?しかも牛魔王に献上など……」


 だが妙見菩薩には、あの真面目な男がそのような浅はかなことをするとは思えなかった。


「ですが事実なのです!」


 観音菩薩は小型の浄玻璃の鏡を取り出し、玄奘たちの状況を見せた。


「これは……」


 浄玻璃の鏡をみた妙見菩薩は言葉を失った。


 白い虎の姿になった玄奘と、その向こうで黄色い龍と白い龍、それから捲簾大将と見られる赤髪の戦士が戦っている光景が映し出されていたからだ。


「なんと、玄奘が虎に?おお、この黄色い龍はまさしく白虎宮の奎宿……すまない、なんとお詫びをしたら良いか……」


「お詫びは結構ですので、早急に玄奘の姿を戻しこの星官を回収していただきたく思います」


 俯く妙見菩薩に観音菩薩がピシャリと言った。


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