「石猿ちゃん」
そんな孫悟空の態度を嗜めるように顕聖二郎真君は呆れたように孫悟空へ声をかける。
だが孫悟空は「フン!」とそっぽを向いて聞く耳を持たない。
「お師匠さんが虎に変えられて、牛魔王のところに送られちまう!取り返そうとしたけどオレも悟浄も歯が立たなくて…」
「なに?虎だって?」
「ああ。相手は奎木狼という星の官吏で、いま玉龍が龍の姿になって戦っている。けどいつまで持つか……」
「……」
猪八戒から戦況を聞いた孫悟空は俯いてしまった。
表情が見えないので、孫悟空が何を考えているのか誰にもわからない。
「石猿ちゃん、行った方がいいんじゃないの?」
長い沈黙に耐えられなくなった顕聖二郎真君が言うと、孫悟空は顔を上げてキッと睨みつけた。
「そんなに言うなら二郎真君が行けよ!俺様は知らない!」
「いや、君が行くべきだ。きっと玄奘ちゃんも石猿ちゃんのことを待っている」
普段はふざけたような態度ばかり取る顕聖二郎真君から、真剣な顔でまっすぐに見つめて言われ、孫悟空はたじろいだ。
まるで二つ返事で助けに行かない自分が悪者みたいじゃないか、と。
猪八戒はほとほと困り果てたように顔を覆って孫悟空に懇願した。
「頼むよ悟空。戻ってきてくれよ。お師匠さんも後悔していたんだ。お前を破門してからずっとぼんやりしてさ、話なんてほとんど通じねえんだから。行先のことを聞いても「悟空はどこにいるのでしょうか」とか、「この食べ物、悟空が好きそうですね」だの……寝言でもお前に謝ってたぜ」
誇張している部分はあるが、玄奘の状態を聞いた孫悟空の表情が怒りから困惑、それから心配の表情にかわっていく。
「う、嘘だろどうせ!あのお師匠様がそんな……」
「嘘じゃないさ。だってお前はお師匠さんにとって一番最初の弟子なんだろ?分け隔てなくオレたちに接してくれているように見えるけど、やっぱり悟空が一番気にかけられているし信頼されているとオレは思うぜ」
「しん……らい……」
孫悟空の脳裏に玄奘と出会った頃のことが浮かんだ。
優しい笑顔と声。
厳しいけれど、それは孫悟空のためを思ってのことだと、孫悟空自身も気づいていた。
「石猿ちゃん、玄奘ちゃんが牛魔王に食べられちゃっても、本当にいいのかい?」
「いいわけないだろ!」
顕聖二郎真君の問いかけに孫悟空はようやく長椅子から飛び起きて叫んだ。
牛魔王に食べられたら二度と会えなくなる。
「じゃあ、行かなくちゃね」
顕聖二郎真君が言うと、孫悟空の武具を持って猿たちがやってきた。
「お前たち……」
孫悟空は猿たちから武具を受け取り装備を済ませると、觔斗雲を呼び出した。
「八戒、お前も乗れ。いそぐぞ!」
「ああ!」
猪八戒が觔斗雲に乗り込んだのを確認し、孫悟空は猿たちと顕聖二郎真君に頭を下げた。
「すまない、またしばらく留守にする。あとは頼んだ」
「かしこまりました」
「大丈夫。ここのお猿さんたちのことはオレに任せて。さ、行きな!」
猿たちのリーダーである柘榴と顕聖二郎真君に見送られ、孫悟空は宝象国へと觔斗雲を走らせた。