夕方になり、フィオレンティーナが部屋で本を読んでいると、廊下が騒がしくなってバタバタと足音がした。
(どうかしたのかしら……?)
「姫様!」
慌ただしくドアが開いてマージョリーが駆け込んでくるのとほぼ同時に、入り口に背の高い男の影が現れた。ジグムントだ。フィオレンティーナは弾かれたように立ち上がった。
昨夜の恐怖が蘇って、身体が震える。もしや、また閨の相手を……? 嫌、怖い、もうあんな思いをするのは嫌……。だがフィオレンティーナは必死で勇気を振り絞って、部屋に入って来るジグムントを膝を屈めるお辞儀で出迎えた。
「国王陛下にはご機嫌麗しゅう……」
「挨拶はいい。少しは休めたか」
「はい」
ジグムントの問いかけに、フィオレンティーナは短く答えた。そのまま気づまりな沈黙が流れた。ジグムントが再び口を開いた。
「明日の午後、中庭で罪人の処刑が行われる。同席しろ。王妃としての最初の務めだ。よいな」
フィオレンティーナの唇が細かく震えた。
「罪人、とは……」
ジグムントは眉一つ動かさず言った。
「先王ミカエルと、廃太子サミュエルだ」
「姫様!!」
マージョリーの悲鳴が響き渡った。ジグムントが抱き止める間もなく、フィオレンティーナは気を失って床にくずおれていた。