処刑の後、先王ミカエルと廃太子サミュエルの切り落とされた首は王都の北の城門の上に晒され、胴体はその近くに作られた台に吊り下げられて、そのまま衆目を集めるよう放置された。あっという間に数羽のカラスがギャアギャアとけたたましい声を上げながら二つの頭部に群がって目玉をつつき出し、胴体は夜ごと野生の獣に食い散らかされて耐え難い腐臭を放った。それはまさに見せしめの地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景で、それまでどこか高を括っていた旧弊な貴族達を震え上がらせ、新王ジグムントの足元にひれ伏させるのに絶大な効果をもたらした。
ジグムントがフィオレンティーナに語った通り、実はここ数年のレバンテス王国の混乱と窮状は先王親子の失政だけが招いたものではなかった。確かにいくつかの見過ごすべからざる悪事に手を染めていた事実もあるにはあった。だが、むしろ本当に問題だったのは彼らの周りで政務を取り仕切っていた大貴族達で、王であったミカエルも摂政の座についていたサミュエルも、強欲で老獪な貴族達に踊らされた
また、ジグムントは徹底した実務家で、たとえ先王の治世の隙を突いて私欲を貪っていた貴族であっても実力があれば重用し、存分に働かせ、褒賞も与えた。反面、少しでも国家と王家に背く素振りがあれば容赦なくその人物を糾弾し、表舞台から葬り去った。その苛烈な手腕が明らかになるにつれ、次第にジグムントの周りには厳選された優秀な人材が集まり、ゆっくりとした歩みではあったが世の中は安定に向かっていった。
だがその一方で、王妃であるフィオレンティーナに向ける貴族の視線は日を追うごとに冷淡で侮辱的なものになっていた。言うまでもなく、廃太子サミュエルの処刑直前の叫び……すなわちフィオレンティーナがサミュエルとの結婚を間近に控えながら実は簒奪王ジグムントと情を通じていたというあの言葉のせいである。
もちろんそんなことは事実無根で、フィオレンティーナはあの日まで紛れもなく無垢な乙女であった。だがほとんど錯乱状態に陥っていたサミュエルの断末魔の叫びの激しさ、それに加えて初夜の床で彼女がジグムントに抱かれて愉悦に咽び泣いていたということまで事細かに暴露した生々しい言葉に、貴族、とりわけ貴婦人達はすっかりそれが事実であると信じこんでしまったのだった。もとよりゴシップ好き、詮索好きなのが暇を持て余した高貴な女性の常である。サミュエルの言葉はその悲劇的な最期も相まって、あっという間に尾ひれ背びれがついて宮廷中に広まり、気が付けばフィオレンティーナには『稀代の悪妃』というありがたくない二つ名がつけられ、そればかりが独り歩きするようになっていた。
どこに行っても、何をしても、彼女が受け取るのは上目遣いの白けた表情でおざなりに膝を曲げられる礼と、遠巻きにヒソヒソと聞こえてくる下品な当てこすりだけだった。