突然のフィオレンティーナからの問いかけに、思いがけずジグムントは狐につままれたような顔になった。だがすぐにいつもの冷たい表情を取り戻すと、フィオレンティーナの腕を掴んだままおうむ返しに訊き返した。
「王妃として、とはどういうことだ」
「ですから王妃として、何かわたくしにも仕事をさせて頂きたいのです。王妃である以上、国民のためにこの身を……」
フィオレンティーナの言葉はジグムントの哄笑で遮られた。彼はそのままフィオレンティーナの肩を押して寝台にその身体を投げ出させると、いつもどおりの暗く冷たい口調ではっきりと言った。
「お前に王妃としての資質など求めてはおらぬ。思い上がるな」
「で、でもっ、何かできることがあるはずです。わたくしも仮にも王族の一員です。であれば……」
「黙れ」
その言葉の有無を言わさない響きに気圧されて黙り込んだフィオレンティーナに向かって、ジグムントはこう言った。
「侍女どうしの揉め事一つ収められないで、何を言っている」
「あ……」
昨日のことを言っているのだと、フィオレンティーナはすぐに思い当たった。
国政が落ち着くにつれて、宮廷では貴婦人達の社交の賑わいが戻って来ていた。フィオレンティーナの元にも申し訳程度にいくつかの茶会の招待状が届いていた。内心では皆、稀代の悪妃に向かって頭を下げてお言葉を頂戴するなどまっぴらごめんだが、そうも言ってもいられない。それはフィオレンティーナ自身もよく分かっていたから、どれも気乗りはしなかったが、最低限の礼儀として顔を出さないわけにはいかなかった。
それで昨日、ある侯爵夫人の茶会に出席した時に、ちょっとした騒ぎがおきた。ある貴婦人付きの侍女が、あからさまにフィオレンティーナのことを卑猥な言葉で話題にしたのだ。いつもはそこで皆コソコソと囁き合いながらねっとりとした視線を送って、哀れな王妃が唇を震わせながら黙って座っている姿を面白がるのが常だった。だがその時、フィオレンティーナ付きの女官のターナー伯爵夫人がそのあまりの下品さをきつく咎めたのだ。いくらなんでも、言っていいことと悪いことがある、と。それをきっかけにその相手の侍女との間で激しい口論が巻き起こり、茶会はなんとも後味の悪い幕切れになってしまった。
ジグムントの言う通り、そういった女同士の陰湿な諍いを抑え込むのは、本来ならば宮廷の頂点に君臨する王妃の責務だ。だがそれまでずっと貴族達の悪意や妄想の刃にさらされてきたフィオレンティーナは、いつしかただじっと頭を下げて嵐が通り過ぎるのを待って、我が身を守ろうとするようになっていた。それは確かに王妃の矜持からはほど遠い態度であったことに気づいて、フィオレンティーナの心は急に
「申し訳、ございません……生意気なことを申しました……」
うなだれて目を伏せるフィオレンティーナをいつものようにジグムントが組み敷いた。だがその夜着に手を伸ばしたところで彼はふと動きを止め、フィオレンティーナの顎を掴んで自分のほうに向かせると、さもたった今思い出したかのような口調で言った。
「王妃としてできること、か。そうだな……」
「……?」
「お前にできるのは、黙って俺に抱かれること、そして俺の子供を孕むこと、この二つだけだ。簒奪王の父と稀代の悪妃を母に持つ、血にまみれた赤子をな」
……ああ、いつもと同じだ、どこにもわたくしの味方はいない。夫であるこの人から向けられるのも、ただ憎しみと蔑みだけ。わたくしのように価値のない人間など、生まれて来なければ良かった、と、フィオレンティーナはジグムントの熱と重みを全身で感じながら、その先に待っている苦痛と快楽から少しでも逃がれようと、全ての感情に蓋をした。