教会と修道院は大陸のどの国でも王室と密接に関係している。レバンテスの国教会は王宮からほど近くの運河沿いに建てられた壮大な石造りの建物で、修道院と病院も同じ敷地にあった。
よく晴れた日の午後、その正門に一台の馬車が停まった。
フィオレンティーナは馬車のタラップを降りると、感慨深げにあたりを見回した。この大聖堂で、わたくしの人生は変わってしまった。あの日、サミュエル様との婚儀の最中にジグムント様が突然現れて……あれからまだ一月あまりしか経っていないというのに、もうはるか昔のことのように思える。あの時破壊された大聖堂の扉は、まだ修復が終わっていないというのに。
眩しい日の光に目を細めて立っていたフィオレンティーナのところに一人の女性が歩み寄ってきて、膝を屈めてお辞儀をした。かなり高齢で、黒い修道服に全身を包み、首にはロザリオを下げている。
「ようこそおいで下さいました、王妃様。修道院長のシスター・テレジアでございます」
「レバンテス王妃、フィオレンティーナです。お出迎えありがとうございます、院長様」
二人は握手を交わした。顔は笑ってはいるが、シスター・テレジアの声には抑揚がなく、フィオレンティーナを見る目にはほとんど感情がこもっていない。宮廷の貴族達ほどあからさまに軽蔑しているわけでもないが、かといって決して敬意を払われているわけでもないことをフィオレンティーナは何となく感じ取って、もう既に胸の中に重苦しい感情が広がった。だがそれをおくびにも出さず口元に柔和な微笑みを浮かべると、シスター・テレジアの半歩後ろについて建物の中へ足を進めた。
「今こちらの病院はどれぐらいの患者を収容されているのですか?」
フィオレンティーナの問いかけに、シスター・テレジアの表情が少し曇った。
「もともとここ数年は、国境地帯で頻発していた紛争で負傷して王都に戻って来た下級兵士の治療がほとんどでございました。それでもいつもは多くても数十人程度だったのですが、つい二日ほど前から急に運び込まれる患者が増えまして……今ではもうほとんどの寝床が埋まってしまっている状態でございます」
「まあ、それは……何が原因なのでしょう。もう紛争はほぼ平定されましたのに?」
フィオレンティーナは驚いて訊き返した。この決して小さくない病院がいっぱいになってしまうほど急激に入院患者が増えるなんてこと、あるのだろうか。その問いにシスター・テレジアは心配そうに眉をひそめながら声を落として答えた。
「それがもしかしたら、国境から帰還してきた兵の間で
「疫病!? い、いけません王妃様、すぐ王宮にお戻り下さい。もし本当に疫病が……」
「おやめなさい、マージョリー。わたくしなら大丈夫です。シスター・テレジア、もう少し詳しくお話を聞かせて頂けますか?」
慌てて前に立ち塞がろうとしたマージョリーを静かに制止して、フィオレンティーナは落ち着いた声でシスター・テレジアに説明を求めた。
シスター・テレジアによると、ここに運ばれてくる兵士は、それまでは剣や矢による外傷の治療がほとんどだったのに、一週間ほど前から急にぐったりと動けない者が増えた。一見すると症状はただの風邪のようにも見えてそれほど深刻ではないと思われるのだが、皆、いつまでもぐずぐずと症状が長引き、特に咳がひどくて、時に高熱が数日間続いて呼吸困難に陥ることもあるのだという。さらに悪いことに、数日前から死者が少しづつ出始めた。このまま患者が増え続けなければよいのだが……と。
「何か治療法はあるのですか?」
「今のところは咳に効く薬草を煎じたものぐらいしか……あとは栄養のある食事ですが、なかなか十分に手が回らないのが現状でございます」
沈んだ面持ちで首を左右に振りながらシスター・テレジアはフィオレンティーナの問いに答えて、回廊の奥にある部屋の前で立ち止まり、重い扉に手をかけた。
「こちらが病室でございます。どうぞお入りになって、兵士達を見舞ってやって下さいまし。長年共に戦ってきたジグムント将軍が妃に娶られたフィオレンティーナ様からお言葉を賜れば、皆喜びますでしょう」
きしんだ音を立てて扉が開く。シスター・テレジアに案内されてその部屋に一歩足を踏み入れたフィオレンティーナは、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。