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気弱令嬢は天下無双の夢を見る〜王子と魔王と幼馴染に求婚されてどうしましょう
気弱令嬢は天下無双の夢を見る〜王子と魔王と幼馴染に求婚されてどうしましょう
吉澤雅美
異世界恋愛ロマファン
2025年02月28日
公開日
1万字
連載中
伯爵令嬢オーロールは幼い頃に母を亡くし、とにかく気が弱い。 そんな彼女だが魔法学校の成績はトップ。幼馴染のリュックにかばってもらいつつ、なんとか卒業の日を迎える。 穏やかな人生を送りたい彼女だが、なんと卒業式で王子の魔王討伐パーティにスカウトされてしまう。 そこから始まる恋と冒険の日々……。

第1話 魔族がやってくる

 満月が明るい。

 私は屋上の煙突の根本にちょこんと座って、ひざの上の動かないホウキをみつめた。有るか無いかの風が私の銀灰色の髪を揺らす。


「……フェニックス、魔素が集められないの?」


 同級生のイライザに使役魔法をかけられて壊れてしまった大事なホウキ。でも月の光の中で話しかければきっと直ると、魔法学校の校長先生は約束してくださった。


「神様……」


 思わず月を見上げる。


「あら?」


 月を横切る影が見えた。

 夜間の飛行は原則禁じられているはず。


 しかも影は一つや二つではない。

 遠くから、オオカミの遠吠えのような不気味な声がした。


「何かしら?」


 不吉なものが胸をよぎる。


「でもフェニックスを直すのが先だわ」


 私は座り直した。手が震えている。


「魔力を司る月の光よ、この魔導具に再び命を……」


 すうっと影が横切っていった。とたんに鳴り響く耳をつんざく音。


「きゃああっ!」


 私はフェニックスから手を離して耳をふさいだ。

 防空ぼうくうサイレン……鳴らないはずの防空サイレンが鳴った。


「どうして? 王都は北の絶対防衛線で守られているはずなのに! お父様が守ってきたのに!」


 頭をめぐらして、北の空を見ると黒い塊で埋め尽くされている。


「……どうして」


 空を飛ぶ黒い影はだんだん高度を下げてきた。翼を持つ、明らかに人とは違うそれ。


 鳴らないはずの防空サイレンが鳴った……それは北方で魔族を食い止めている王都絶対防衛線が破られたことを意味する。


「最上級生は住民の避難誘導をするんだったわ」


 魔法学校で習ったのはこのときのため。

 サイレンは鳴り止まない。魔族の来襲を知らせるけたたましいサイレン。


 北方にある魔族の国とは有史以来戦い続け、首都として狙われる王都には特に厳重な防衛線が張られてきた。


 防衛線が破られた。それが魔族が王都になだれ込む前触れだと悟るまで、指揮官であるモランジュ元帥の娘である私、オーロールでさえ、時間がかかった。


 上空の魔族に向けて王都防衛軍の砲弾がいくつも打ち上げられる。


「きゃあっ」


 なんでよりによってこんな夜に。

 さっき屋上の鍵を開けてくれた執事が戻ってきて、


「お嬢様、降りてくださいませ。魔族の来襲とのことでございます」


 分かってます。


「……あと五分だけ。フェニックスを直してやらないと」

「……別の方法を探しましょう。屋上は危険でございます」


 執事は私の腕を引っ張った。


「待って。あとちょっと」


 魔族の甲高い声が響く。

 同時に、


「おかあちゃん、どこ!」

「こっちだよ。さらわれないように手を繋いで」

「魔族だ! 助けてくれ! 食われたくない」


 禁止されているのに次々と窓につく明かりが闇に浮かぶ。


 子どもの鳴き声、悲鳴、怒号……ああ、早く安全な魔法学校に避難させないと。

 そしてサイレンは鳴り続ける。


 執事が私を屋上の出入り口に引っ張っていく。

 いや、引きずっていく。


「お願い。私には避難誘導の責任が……フェニックス、目を覚まして」


 引っ張られながら、フェニックスのをなでた。滑らかなホオノキの手触り。これまでに何人もの魔女を乗せてきた大切なホウキ。私も子どもの頃何度となく母に乗せてもらった。


 私はもう一度呼びかける。


「お母様、お祖母様、このフェニックスに乗り続けた数多の女性たちよ、力を貸してください」


 早くに亡くした母の顔が浮かぶ。

 私がすっかり気弱になってしまったのは、皆があらゆる手を尽くしても母を救えなかったから。


 でも、今は。

 フェニックス、早く直って。

 一刻でも早く、シャンドリュー国の王都の民──具体的にはモランジュ伯爵邸が属するシャンブル区の住民を避難させて最上級生の務めを……果たせるかしら。


 影が真下に落ちてきたので、満月が天頂にかかったのが理解できる。


 フェニックスが直らなくて、誘導できませんでした……そんな言い訳をする自分の姿が心に浮かぶ。いや、そんな。


 遠くの礼拝堂の鐘が澄んだ音で真夜中を告げた。

 聞き慣れたその音は、サイレンや砲撃の音をかいくぐって私の耳に届いた。

 その時だった。


 ブルッと、懐かしい振動がホオノキの柄から手に伝わってきた。

 ビリビリッとトネリコの小枝も震える。

 ホウキ全体が淡い光を放ち、その生命を取り戻そうとしている。

 サイレンの音が遠のいたような気がした。


「フェニックス、目を覚まして。すぐに飛ばなければならないの」


 スイッと、いつもと変わりなくフェニックスは私の前に浮いた。震え続ける手で柄をつかむ。


「乗って良いのね?」


 うなずくように、ちょっと柄が下がった。


「直ったばかりなのに、ごめんね」


 私が恐る恐るフェニックスにお尻を乗せると、いつもどおりのすっと沈み込む感じ。


「フェニックス、大丈夫?」


 避難誘導しなきゃ。

 最上級生の、伯爵令嬢の誇りにかけて。

 私は執事の手を振り払った。


「お嬢様!」


 メイドのアビゲイルも顔を出した。


「空は魔族でいっぱいです! どうかお屋敷の中に! お願いです!」

「フェニックスが蘇ってくれたのですもの、行かなきゃ……皆を魔法学校に誘導しに行きます」


 「気弱令嬢」と陰口をたたかれている普段の私からは想像できない言葉に、執事もメイドもあんぐりと口を開けてしまった。

 私だって驚いている。

「気弱で何もできない」と、いつもイライザにあざけられている私に、こんな力があるなんて。


 軽く屋上を蹴って飛び立つ。


「大変!」


 下を見下ろすと、女性や子ども、老人が空を見上げて固まっている。


「魔法学校に避難して! そこなら安全だから」


 精いっぱい声を張るが、届かない。


「フェニックス、下へ行こう」


 屋根より低いところを飛ぶのは、建物にぶつかることがあって危険だ。それに直ったばかりのフェニックスに狭い路地が飛べるだろうか。

 暗い道に吸い込まれそうで怖い。


 急降下からの急制動。

 フェニックスは、今のところ無事に指示に応えてくれている。


「安全な魔法学校はこっち! ついてきて!」


 私の叫び声に我を取り戻した王都の住民たちが走り出す。


「走らないで歩いて……お願い」


 道を馬車が塞いでいる。

 敷石に車輪をとられたらしい。


「隠せ姿よ、霧のごとく、陽炎のごとく……」


 私は「目眩めくらましの魔法」をかけた。

 姿がおぼろげになるだけでも、弱い月明かりの中なら効果はあるはず。


 気が弱いくせに私の魔力は強く、闇魔法を除いてたいていの魔法がまんべんなく使える。


「なんだ、なんだ?」


 馬車の窓から顔を出した男が怒鳴る。


「目眩ましの術をかけました。夜が明けるまでここに隠れていて」


 本当は馬さんごとみんな連れて魔法学校に行きたいんだけれど、私では無理。


「ごめんなさい……」


 転んで泣いている子どもを見つけたので、ホウキに乗せてあげる。迷子らしい。さらわれなくて良かったわ。


 王都が襲われた際の避難計画はあった。避難訓練もしたけれど、あれは日中だった。


 避難先は決まっていても、空を覆う魔族の影におびえて、動けない人が予想以上に多い。ああ、魔族が攻撃してくる前に……。


「魔法学校へ!」


 あそこなら障壁もあるし安全だ。


 一瞬北の空の北極星を見る。

 ブルッとフェニックスが震えた。


「ごめん、よそ見していたわ」


 私は気を取り直して声を上げた。


「落ち着いて、魔法学校へ行くのよ」


 やっと大通りまでたどり着くと、満月に白く輝く魔法学校の大理石のドームが見える。


 その上に、仄白ほのじろく障壁がかかっているのは、魔力がある人には感じ取れる。


 ドームを目にした避難民たちはてんでに駆け出し、私はおいていかれる。

 そんな押し合いへし合いの中からやっとの思いで声を出す。


「シャンブル区から来ました! 最上級生のオーロール・モランジュです。開けてください!」

「お疲れ様です。どうぞ」


 校門を守っている王都防衛軍の一人が、障壁と校門を開けてくれた。私が魔法学校の黒い制服を着たままだったのが良かったわ。

 着の身着のまま、夜着のものも少なくない集団が、魔法学校の唐草模様の門の中に吸い込まれていく。


「お仕事増やしてごめんなさい、この子の家族を探してあげて」


 フェニックスから子どもを降ろす。


「分かりました。あなたも中へ」


 私は一瞬ためらった。

 もう十分。安全な魔法学校で休みたかった。

 でも、学校で習った避難マニュアルでは、もう一つやらなければならないことがある。

 これで本当に最後。


「シャンブル区に取り残されている人がいないか、確かめに……」

「そこまでしなくても、ご令嬢!」


 フワッと私は舞い上がった。


「ごめんなさい。あとちょっとだけ……」


 最後の見回り、できるだろうか? 

 不安で胸がつぶれそう。


 十人ほどの王都防衛軍の兵士が敬礼して見送ってくれた。







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