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第3話 遠い遠い父の声

 避難所になっていた魔法学校も一週間後に再開され、私もなんとか元気を取り戻して登校できた。

 避難誘導にあたった私たち最上級生は全員、校長室に集められて、王都防衛軍の指揮官から感謝の言葉をいただいた。


「学業、日常を中断しての避難誘導へのご協力、感謝いたします」

「慣れていない中、皆精いっぱい努力しました」


 リュック・クリモンが皆を代表して返事する。


「オーリィも直したばかりのホウキで」


 リュックに名前をあげられて、頬が熱くなるのを感じた。

 彼は、今まで学校に持ってきていなかった剣を腰から下げていた。

 これは彼の魔導具。男爵家の獅子の紋章が入った立派な拵えが目を引く。

 さすが男爵家の嫡男。全女生徒憧れの的。


 私の幼馴染でもあるんだけど。


「引き続き北の防衛線と連携を取って王都を守ります。皆様は学業を」

「ご苦労なことですじゃ。ときには身体をいたわっての」

「ありがとうございます」


 皆が立ち去った後、私は一人で校長室に残った。


 個人的に、フェニックスが直ったことと自分も元気になったのを校長先生に報告し、お礼を言おうと思ったのだ。


「おお、オーリィ、良くなったかな?」

「はい、先生のおかげです。フェニックスも……あっ」


 フェニックスは私の手を離れ、校長先生の机に飛び乗った。書類が飛び散る。


「ごめんなさい! フェニックス、すぐ降りて」

「良いんじゃよ。君の母上も、フェニックスのイタズラには手を焼いておられた」


 そう、父のモランジュ伯爵とお母様は、魔法学校の同級生。身分違いを押し切って結婚した。

 でも母は若くして亡くなり、そんなことをイライザはからかう。酷すぎて言い返すこともできない。


「ところで、何を見ていらっしゃったのですか?」

「うむ。モランジュ元帥の娘さんならなにか分かるかもしれん」


 校長先生のお話によると、魔族は、あのダリオンという魔族の言った通り、ただ王都上空を北から南へ飛んだだけだった。

 一時的に情報が混乱したが、お父様たちの居る北の前線も無事だった。

 避難民も一時のパニックがおさまると、ほとんど被害の無い家に帰っていった。


「何が目的か、さっぱり分からん。王都防衛軍の話によると、魔族どもは彼奴きゃつらの前線基地から飛び立って王都を縦断し、港の外、南部沿岸の岩礁がんしょうに集合したようじゃ」


 校長先生は王都近辺の地図を指し示した。

 王都は大きな港を抱えている。

 その港の外で、よく帆船が難破するところね。


「王都防衛軍がボートを使って接近し、銃撃したところ、北西の方角に逃げていったそうじゃ」


 本当に勇敢なのは、この人たちだわ。市民を誘導して逃げていただけの私たちは褒められるほどじゃない。


「そして、そこから無人の砂漠伝いに休息しながら北上中らしい。王都を襲うのにそんな手があったとは。いや、被害は軽微じゃったが」


 魔力の強まる満月の晩に、飛行できる距離をいっぱいに活かして示された魔族の力。


「モランジュ元帥の王都絶対防衛線は、意味がなくなってしもうた」


「猶予」と確かにダリオンは言った。それはいつまでのことだろう。そう長いとは思われない。


「王都の避難訓練ももっとしっかりやれば……」

「それも大事じゃな。魔族の飛行距離では、王都と彼奴らの前線との往復は無理と踏んで安心していたが、こんな方法があったとは。魔族は絶対防衛線を崩せないと諦めて後方撹乱をねらったものか」

「確か魔族は恐怖を与えると言って……」

「そうじゃな、飛べるだけ飛んだが、王都を攻撃するまでの余力は無かったか」


 遠くを見る目をして、


「こういう時こそ、皆が一致団結しなければ……」


 フェニックスが今にも飛び出しそうに手の中で震えている。妙案があるなら出してよ。


 手を離すとフェニックスは、地図の北の端をコンコンと柄で叩いた。


「そうか、お前もアンリ王子と同じ考えか」


 校長先生がフェニックスにうなずいてみせるので、私は驚いてしまった。こんな魔導具に校長先生に感心される知恵があるなんて。


「詳しいことはおいおい発表しよう。『敵と融和せよ』という本校創設者、ミリエル・デュランの教えには反してしまうが。お許しあれ」


 そこから校長先生は深く思索に入ってしまったので、私はフェニックスを抱えて退出した。




 学校から帰ると、執事が嬉しいことを教えてくれた。


「緊急通信の枠が空いたので、モランジュ伯爵がお嬢様とお話しできるそうです」


 私は通信機の水晶にしがみついた。


「オーリィ、元気になったのか?」


 雑音混じりだけど、お父様の声だ。


「はい」


 私が寝込んだことを、執事が伝えたのかしら。


「……今は、元気です」

「良かった」

「お父様、どうかなさいました?」


 通信機の向こうで、笑い声がした。


「お前に隠し事はできんな。今回、私が敷いた王都絶対防衛線が破られたため、あちこちから叱られているところだ」

「お父様……」


 前線だけの責任ではありませんわ。

 前線に任せきって戦時下だということを忘れていた王都の私たちも悪いんです。


「それはそうと、卒業おめでとう」

「……いえ、卒業式はまだ……」

「お前の実力なら難なく卒業できる。自信を持ちなさい」

「心掛けます」

「それから、卒業後の進路だが、どうするつもりだ?」


 私は、少しつっかえながら答えた。


「お父様、私、卒業後も魔法学校に残って、魔法史の勉強を続けたいんです。よろしいでしょうか?」

「もちろん構わん。ただ……」


 お父様は言いよどんだ。


「できれば魔族に狙われる王都ではなく、領地に帰って欲しい」

「……それは……」

「今回、お前が魔族と会話したと知って、この通話で声を聞くまで……実は生きた心地がしなかった。敵の『名前』まで聞いたと……」


 お父様を心配させている。

 魔王かも知れない相手に名乗ってしまったと告げて、これ以上心労の種を増やすわけにはいかない。

 でも名前を知られるってそんなに大変なことなの? あの魔王は悪用しないと誓ったし。


「お父様、魔法学校は安全です」

「うむ。それはそうだ。魔法史の先生は魔族と戦ったことのある私の先輩であるし……」

「エリゼ・フローレル先生ですね」

「そうだ。お前ももう十六だ。針路は自由に決めなさい」

「ありがとうございます」


 あとは互いに身体に気をつけて、王国の繁栄を祈るという、決まり文句で、通話は終わった。


「お嬢様?」


 通信機を持っていてくれたアビゲイルが、私の顔をのぞき込んだ。


「お父様が、進学を許してくださったわ」

「それはよろしゅうございました」


 そう言うアビゲイルの表情は複雑だ。

 危険な王都に残ることを意味しているから。


「アビゲイル、ごめんなさい」


 彼女は黙って、ぎゅっと私の手を握った。






 翌日、登校しようとすると、貸馬車が待っていた。


「お嬢様、徒歩やホウキでの登校はお避けください」


 と、メイドのアビゲイル。


「どうして?」

「噂が流れております。先週の魔族を手引きした者が王都内に居ると」


 まさか!

 アビゲイルは声をひそめて、


「あの騒ぎの後、物資の流入が止まり、王都の住民は一欠片ひとかけらのパンを求めて争っております。今、憎しみの標的にされているのが魔族ですが、魔族なら魔法、魔法なら魔法使い、魔法使いなら魔法学校という単純な連想ゲームでございますよ。それに……」


 私は髪に白いものが混じるアビゲイルの顔をみつめた。


「それにお嬢様はモランジュ元帥のご家族でいらっしゃいますから」


 ああ、そうね。

 王都絶対防衛線への信頼は地に落ち、この作戦の立案者兼指揮官であるお父様の責任が、市民レベルでも問われていると。


「分かりました。馬車で参ります」


 私はカバンとフェニックスを抱えると馬車に乗り込んだ。


 学校への道は一変していた。


 つじごとに武装した王都防衛軍の兵士が立ち、目を光らせている。

 そして、教会の前の広場には、人だかりがあった。


「北の王都防衛線は無意味となった! 今回の魔族の来襲は、きっと王都内に手引したものがいるに違いない! 闇の魔法を操る魔族、そして王都内には魔法を教える学校がある。そここそが魔族どものたまり場!」


 口から泡を飛ばしているのはまだ若い聖職者。小脇に印刷物を抱えている。


「この本には悪魔は神によってのみ打ち負かされると書いてある!」


 文字が読めるものも読めないものも、聖職者の示すページを食い入るように見ている。


「魔法を許してはならん! それこそ魔族を引き付ける根源! 人々をたぶらかす魔法使いは許さない!」


 ぴしゃんとアビゲイルは馬車の窓を閉じ、カーテンを引いた。


「おお、嫌だ。敵を前に味方を仲違いさせようなんて!」


 窓越しに聞こえてくる。


「エマニュエル万歳! 魔法学校を破壊しろ!」


 走り出す足音。その数は百や二百ではない。

 え、嘘ですよね。


「ごめんなさい、少し急いでくれる?」


 アビゲイルが御者に小銭を渡した。




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